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英雄。12

女は一歩も動かず、ただリーンをじっと見続けている。
剣は抜いておらず、手は力なく下げているだけに見えるが一切の隙は感じられない。
(自分から動くつもりは無い、か。)
しばらく2人は見つめあっていたが、どれだけ待っても女は一切の動きは見せなかった。
ただ、リーンの目をじっと見つめ続けているだけだ。
この状況はリーンが動かなければ、変化しないだろう。
でなければ、女はきっと2日でも3日でもあのまま、ただこっちを見つめ続けるに違いない。

―殺す気で来なさい。
ふと、女の先ほどの言葉がリーンの脳裏をよぎった。
女の言葉に嘘は無い。彼女は間違いなく殺し、殺される覚悟ができている。
ただの直感だが、きっと彼女はこれまで幾度となく同じような命のやり取りを続けて来たのだろう。
(言われるまでも無い…!)
先ほどの女の言葉の返事を頭の中で叫びながら、女の元へと飛んだ。

「!?」
女の顔が僅かに歪んだ。
リーンの目算通り、女は自分から行動を起こすつもりは一切無かった。
なので、リーンが先んじて動き始めたのは女の目論見通り。…だったのだが。
こちらに飛び掛かろうと動き始めたリーンの姿が突如として'消えた'のだ。
一体どういう事か。そう考える前に女の体は半ば反射的にしゃがむような姿勢を取っていた。
そしてその直後、女の頭上に何かが通り過ぎた。
「チィッ…」
前方から舌打ちが聞こえる、そこにあったのは抜刀していたリーンの姿だった。
不意打ちを外し、地面に転がった彼はすぐさま体制を立て直し、女へと目を向け、消える。
そして再び、女は身を翻す。それと同時に女が元居た場所に殺意を持った風が通り過ぎた。

(…なるほど、途轍もないスピードでの高速移動、ですか。)
それから幾度となく繰り返される攻撃を避けながら、女は一連の出来事をそう分析した。
一体、どうやって?と、いう事はこの際置いておく。
(確実に言えるのは、あの子は魔法といった類の物を使わずにあのような芸当ができるという事、ですね。)
女がこういう結論に至ったのはそれなりに根拠があっての事だった。
まず、リーンが瞬間移動では無く、高速移動をしたという事。
姿が一瞬消えたがそれでも女は途切れる事無く浴びせられる'殺気'を感じ続けていたからだ。
隠すつもりの無いその気配は間違いなく女の前から横を通り、背後へとたどり着いた。
それが、リーンが高速移動していると判断した何よりの理由だった。
もし、瞬間移動の類の魔法を使っていたのならば、殺気は僅かに途切れるであろうから。
しかし瞬間移動では無く、高速移動だとしてもあれほどの速さで動けるのは何かしらのバックアップがなければ不可能なのは間違いないが…少なくともそれは魔法では無い事も確かだった。
魔法を発動した時には、必ず何かしらの反応がある。
それは空間に描かれる魔法陣であったり、大気の発光であったり使用する魔法によって様々だが、先ほどのリーンの動きを見ている限りそういった反応は全く無かった。
そうでなくとも、魔術の心得がある彼女は魔法が発動すれば、大気中のマナの動きでそれを察知する事もできる。それが無かった時点で魔法を使っていないというのは確実だろう。
(さて、どうした物か…)
そう思った矢先にリーンの姿はまたしても消えた。
(今度は…右ですね。)
女は判断し、瞬時に左へと飛ぶ。
その刹那に地と女の足の間に刃が揺らめいた。
そしてそこには、女の予想通りリーンの姿があった。僅かながらに動揺の表情を見せているのは気のせいではないだろう。
(確かに恐ろしい技ですが…あれだけ殺気が出ていれば、避けるのは難しくありませんね。)
だが、リーンが「剣の腕に自信がある」等と、自分で言い切れた理由を女は理解できた。
たしかにこれほどの技があれば、'大概'の相手ならば初刀で絶命するだろう。
(それにしても…何故?)
女の中で一つの疑問が浮かび上がる。
どうしてこれほどの技を持っていながらこれまで使う事はしなかったのだろう?
このような場だからこそ、神経を集中させて攻撃を避ける事はできる。
だが、先日のじゃれあいの様な奪還劇の中でこのような動きをされればどうなるかは解らない。
切り札として今の今まで取っておいたのか…或いは…
そこでまた再びリーンの姿が視界から消えた。

避けられても避けられても止める事無く、自分の中にあった'力'を只管行使してリーンは斬り掛かる。
そんな最中だったがリーンの頭はある疑問で埋め尽くされていた。
(…何故、忘れていた?)
自分の中にずっとあった筈の'力'を。
神速で動き、時すらも越える事ができる神が与えたと言っても過言でもない程の途方も無い'力'の事を。
(僕は何故…忘れていたッ!!)
自らの不甲斐無さを呪い、それを晴らす先を腕に込め、再びリーンは女の喉元へと剣を振るう。
しかし、手ごたえは無い。女はまるで飛んできた羽虫を避けるように軽く頭を下げてそれを避けて見せた。
それと、リーンの中にはもう一つ別の疑問があった。
(何故…何故当たらない!?)
どれだけ剣を振るっても女には切っ先すら当たる事は無かったのだ。
それだけでは無い。女の避ける動きに段々と無駄が無くなってきているのが解る。
始めは大きな動きでリーンの剣撃を避けていた女だったが、今となっては最低限の動きでそれを躱して見せている。
(クソッ!!)
これまで、リーンはこのような状況に陥った事は無かった。
この'力'を手に入れてからリーンの戦いは常に初刀で終わっていたからだ。
(この女…一体何なんだ!?)
只者では無いという事は解っていた。
だが、まさかここまで規格外な存在だとは流石にリーンは思ってはいなかった。
ゾクり、とリーンの背中に悪寒が走る。
まるで自分が対峙している存在が恐ろしい化物の様にリーンは感じたからだ。
(だが…ここで諦める訳には!!)
僅かに震えを感じる自分にそう発破をかけて、リーンは更に'力'を使い斬り掛かる。
そして、リーンの悪寒は'力'を使えば使う程…更に大きな物へとなっていった。

(大分、解ってきましたね。)
休む間も無く繰り返される斬撃を避けながらも女の頭は至って冷静だった。
(この子の攻撃は基本的に急所に…それも特に多いのは首。次点で心臓という所ですか…本気で殺しに来てますね…)
繰り返される斬撃の中で女はリーンの攻撃の癖を見切り始めていた。相手が次に狙ってくるであろう場所はもうほぼ特定できる。
だが…
(避けるのは簡単ですが…いかんせん速すぎて反撃に出るのが難しいですね…)
瞬間移動では無いとは解っているが、リーンがしている事はほぼそれと同等だ。しかもそれを常時。
一瞬たりとも同じ場所に留まっていないリーンを捉えるのは不可能と言ってもいい。
だが、流石にいつまでもこんな事はしてはいられない。
(…こういう事すると、この子もっと怒っちゃいそうだからあまりやりたく無いのですが…)
内心で大きな溜息を付いて、女はそっと目を閉じた。

1振り、2振り、3振り、4振り…
この決闘が始まった時は半ば無意識に剣を振るった回数を数えていたリーンだったが、今はもうこれが何振り目になるかが解らない。
それほど時間は経っていないとは思うが、何度剣を振るっても展開は一向に変わる様子が無く、リーンはこの戦いを永遠に繰り返しているような奇妙な錯覚に囚われていた。
そして、また一閃…手ごたえはやはり無い。
女とすれ違うように振るったその一閃の中で、ふとリーンは女の顔を見た。
視線が交わる事は無かった、いやそれ以前に…
(コイツ…目を開けていない!?)
一体何時から?
そう思考しながらも、リーンは止める事無く剣を振るう。…やはり手ごたえは無い。
(クソッ!!!!!!!!いったい何処まで僕を小馬鹿にすれば気が済むんだこの女は!!)
女が想像していた通り…リーンは内心でそう大きな怒号を上げていた。
…本来ならば、そう感じる以前に『自分の'力'を行使した高速の斬撃を見ずとも避けられている』というあまりにも異常な自体に驚き、そして相手の技量を恐れるべきなのだろう。
だが、リーンはそうはならなかった。ただただ『自分が小馬鹿にされている』という事実に怒りを感じていた。
無論、相手が自分の大事な物を奪った盗人であるから、というのも勿論あるのかもしれない。
だが、それ以前に…
たとえ彼が一国の皇だったのであろうと。
世捨て人の様な、達観したような言葉をどれだけ吐いていても。
リーンはまだ10代半ばのただの'子供'でしか無かったのだから。

「ハアァァァ!!」
自分の怒りを吐き出すように声を上げてリーンはまた右手の剣で女の首へと斬りかかる。
そして、それと同時に…腰に提げてあった剣の鞘を左手に持ち相手の腰へと叩き込んだ。
今の女は攻撃を避ける時、最小限の動きしか取らない。
首元に剣が振られれば軽くしゃがむような動作しか行わない。
だが、それだけでは腰に向かって振られる鞘は避ける事はできない。
武器でもなんでもないただの鞘だが、リーンの速度で振られる鞘は十分すぎるほどの殺傷力がある。
直撃すれば死にはせずとも骨を折るぐらいの威力は間違いなくあるだろう。
そうなると、女は何があってもこの二つの攻撃を避けざるを得ない。
そして、この状況を'避ける'のならば女の取る行動は後ろへと飛ぶ、だろう。
だとすれば着地の際には僅かながらに隙ができる。リーンの速度ならばその僅かな隙を確実な勝機へと変える事ができる筈だ。
怒りに身を任せて半ば無意識に取った行動であったが、この行動はそれなりに有効な行動だったと言えよう。
…相手が普通の人間であったならば。

ゴッ、と鈍い音が聞こえた。
そしてリーンの左手には確かな手ごたえが感じられた。
だが、次に聞こえてくる筈の女の苦悶の声は聞こえてこなかった。
「なっ!?」
女はリーンの剣の攻撃を避けていた。これまで通り軽くしゃがむような動きで。
そして…リーンの鞘による攻撃は受け止めていた。自分の持っている剣を僅かに鞘から出し、その刀身で。
『不味い!』
リーンは即座に女から距離を離そうと動こうとした。だが…
『ッ!?体が動かない!?』
それもその筈だ。
リーンが左手に持った鞘は女の剣に深々と刺さりこんでいるのだ。
当然、それほどの速度を以って刺さりこんだ鞘はそう易々とは抜けはしない。それを離さないまま動こうとしても動けるはずが無い。
「チッ!!」
気づいた瞬間にリーンは左手を離そうとしたが…時既に遅し、リーンの視界は一瞬で反転する。
「ヌ…グゥッ!!」
リーンは文字通り瞬く間に地面に組み伏せられてしまっていた。

「く、クソッ!離せ!!」
組み伏せられながらもリーンはじたばたともがく。
だが、それは意味もなく買ったばかりの綺麗な服を汚していくだけにしかならなかった。
そして、不意に首元へと冷たい物が触れリーンはそれが何であるかを認識する前に動きをピタりと止めた。どうやら首筋に剣が触れているようだ。
「チェックメイト、です。私の勝ちですね。」
続いて頭上からそう朗らかな声が聞こえてきた。
「いやはや…ただの子供だと思って油断していました…流石の私も冷や汗を掻きましたよ。自分から決闘を申し込んだだけあります。貴方、お強いですね。」
ははは、と笑いながら話す女のその言葉を聞いて、リーンはまたしてもじたばたともがいた。
『油断していた?冷や汗を掻いた?ふざけるな!!お前は…涼しい顔をして…それどころか目を瞑っていたじゃないか!!』
女は別にリーンを煽ろうとしてそう言った訳ではなかった。無論、冷や汗を掻いたりはしなかったがリーンの技量を心の底から認めた上での賞賛の言葉だった。
だが…完膚なきまでに敗北したリーンにとって、そんな賞賛はただの煽りにしか聞こえなかった。
「クソッ!!クソォ…!」
途方も無い程の無力感がリーンを襲う。
国を失い、民を失い、友を失い…そして最後には大切な形見まで失う。
どうして自分が、どうして自分ばかりがこんなに失うのか。
こんなのは嫌だ。嫌だ。認めたくない。
そう、考えていく内にリーンは不意に、それを'思い出した'。
『そうだ…この'力'は何もこんな事をする為の力じゃない。』
死なない?とてつもない速さで動ける?それが一体なんだと言うのだ。
この'力'の真髄は…'時間を逆行できる'事じゃないか。
「ハハ…ハハハ…」
「…?どうかされましたか?」
力無く不気味に笑うリーンに、女はそう声を掛けた。だが、もうその言葉はリーンには届いていない。
『そもそも…この女に最初から出会わなかったらこんな事にはなっていないんだ…だったら出会う前まで時間を戻す!!』
それで何もかも解決だ。
形見は戻り、リーンはまた朽ち果てる場所を探せる。
リーンは再び'力'を使おうと眼に力を込めた。
体と意識が小さくなり、何処か遠い彼方へと引きづりこまれそうな感覚を覚える。これは'時間逆行'を行うとした時に必ず感じていた物だ。
『僕は国も民も友も失い守る事はできなかった。でも、これ以上大切な物を失ってたまるか!!』
一見、その願いは切実で、尊い物にも思えるだろう。
だが、その先にあるのは'本当に大切な物'を守れなかった自己嫌悪と破滅的な、死んだような生しか待っていない。
―本当にそれでいいのか?と、誰からでもなくそう聞かれたような気がした。
『…いいんだ…僕はもう…それでいいんだ…』
そうして瞳を閉じる。
そのまま意識の糸が切れそうになった瞬間…声が聞こえた。
『駄目だよ。リーン。』
それは友の、失った親友の声だった。
一体どういう事かと、問う前に…リーンの体にとてつもないほどの悪寒が走った。

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
不意に響き渡るその叫び声に女は思わず身を強張らす。
周囲の木々もそれに合わせるように騒ぎ始めた。恐らく、止まっていた鳥たちが驚いて一斉に飛び去って行ったのだろう。
あまりにも尋常ではない声を上げるリーンに、女は少し慌ててリーンに声をかけた。
「どうしたのですか!?大丈夫で…ッ!?」
リーンの体を起こした女が見たものは…右目からおびただしい量の血を流す彼の姿だった。
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