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英雄。7

―雨。
雨が降っていた。
その冷たい雫は、容赦無く頬を濡らし、こそばゆく伝っていく。
空は一点の青も無く、重い灰色が広がっていた。
(…。)
気が付けば、自分はここに倒れていた。
ここが何処かも解らない…もはや興味も無い。
何もかもが、もうどうでもよかった。自分は、もう生きている価値すら無いのだから。
酷く、眠い。
このまま、意識を手放せば死が訪れるのだろうか?
そんな'ありえない'希望を、やや胸に抱く。
まぁ、どちらでもいい。死のうが、死ねまいが、もう動く気力は残っていないのだから。
がさり。
ふいに、そんな小さな音が聞こえた。
そして、次に感じるのは…視線。
それも一人や二人の物では無い。…それ以前にこれは、人間の物ですら無い。
ぐるる、という唸り声が近くで聞こえて、自分の状況を察する。
(…魔物か。)
どうやら、かなりの数に囲まれているようだ。
だが、それでも男は首を捻って状況を確認しようとすらしなかった。
(…自分の身体は食い物としては、さぞかし打って付けだろうな。)
このまま、魔物の肉として永遠を生き続けるのも…悪く無い。いや、それが自分にはお似合いだ。
(そうすれば…皆、僕を赦してくれるだろうか?)
そう考えて、男は…リーン=ファレンスは今度こそ意識を手放そうと、ゆっくりと目を閉じた。

痛みより、先に生暖かい血飛沫が自分を襲った。
絶望は感覚すら狂わせるのか、と人事の様に彼は思う。
だが次に、聞こえてきたのは、悲痛が入り混じった獣の唸り声。どう聞いても、喜び勇んで餌に食らい付く声とは違う。
顔を動かさないまま目を開くと、視界の端で金属が踊っているのが見えた。
鋭く、空気を裂く音が聞こえた瞬間に獣の断末魔が聞こえてくる事から、誰かが戦っているのだとぼんやりと理解した。
やがて、その誰かが魔物を全て倒したのか、はたまた戦意を喪失して逃亡したのか、どちらかは解らなかったが辺りに静寂が訪れた。
しかしその静寂も長くは続かない。ぴちゃり、ぴちゃりとへばりつくような足音が此方に向かって来た。
「…大丈夫ですか?」
仰向けに倒れる自分を覗き込んで来たのは、透き通った青色の長い髪を持つ、女性だった。

「こんな所で寝ていては危ないですよ。」
顔に笑みを浮かべながら、女性は手を差し伸べてきた。
だが、リーンは視線の向きを一切変えず、空を見たままぼんやりと答える。
「…放って置いてくれ。」
自分に、構わないでくれ。
助けた相手から、こんな反応が返ってくるのは想定外だったのだろう。
女性は少し驚いた様な顔をして見せた後、すぐに困った様な顔になり、頬を掻いた。
「ですが…このままここで寝ていると貴方、死にますよ?」
'死'。
それは今のリーンにとって願っても無い事だ。
ここで倒れているだけで救いが訪れるのならば幾らでも寝ていよう。
リーン、小馬鹿にするように鼻を小さく鳴らす。
「…別にいい。」
そう答えて、再びこの場に静寂が訪れる。
女性は「そうですか…」と小さく呟いた後、ため息を付き…リーンの視界が大きく揺れた。
何が起きたのか理解できたなかった。だが、自分が顔の向きが横になっているのと、鋭い痛みが頬にあるのを感じて、自分が叩かれたのだとすぐに解った。
「子供の分際で、自分の命を粗末にするもんじゃありませんよ。」
そう言われたかと思うと、リーンの身体が浮いた。
姫君を抱くような形で、自分を身体を持ち上げられている。しかし、だらんと力なく下げられたリーンの腕のせいで、どちらかというと死体を運んでいる様に見えるのだが。
「離せ…」
言葉で抵抗して見せるが、身体は動かない。
「離しません。このまま安全な所へ向かいます。」
「―。」
暴言の一つでも吐こうと思ったが、それは言葉にはならなかった。
あぁ、そういえば自分は眠かったのだったか。
それを思い出してから、意識が離れるまで時間はかからなかった。

―この狂王めが!!
違う、僕は。
―君は、この国をどうするつもりだい?亡き父上と母上が積み上げた栄華を全て壊したいのか?
違う、違う、違うんだ。
―殺せ、奴を殺せ。
僕は…僕は!!

「ッ!!」
飛び起きる。
全身に汗がべっとりと張り付いており、尋常では無い不快感がリーンを襲う。
だが、先刻まで見ていた悪夢に比べたらこの不快感など、比べるにも値しない。
少し、呼吸を落ち着けてリーンは自身の周囲を少し見渡す。
自分は小さな一室の中におり、ベッドの上に寝かされており、この部屋の内装は小奇麗だがどこか殺風景な物であり…
そこまで、見て恐らくここは宿屋の一室か何かだろう、とリーンは判断した。
はぁ、と少し大きく息を吐き、リーンはおもむろにベッドから立ち上がる。
―長居は無用だ。
別に、行く当てがある訳では無い。
だが、リーンは「自分自身が安全な場所にいる」と言う事が、我慢できなかった。
リーンは、死ぬ事ができない。死に至る傷を負っても、この身に宿る'国宝'がそれを許そうとはしない。
神が与えた、力。奇跡。そう思えていたのは少し前までの話だ。今は、この身に宿る'国宝'が呪いとしか思えない。
だが…例えこの身に、終焉は訪れないとしても、死に続ける事はできるだろう。
―それが、贖罪になるなら甘んじて受ける。
心臓の付近に、不自然に開いている服の穴を掴み、リーンは部屋から抜け出した。

「…何処に行かれるつもりですか?」
部屋を出て、廊下を歩いている最中、後ろから不意に声を掛けられた。
やはり、この女が自分をここに連れてきたのか、とリーンは連れてこられた事と、見つかってしまった事に舌打ちをした。
「お前には関係無い。」
振り返る事もせず、突き放すようにリーンはそう言った。
「死にに行くつもりですか?」
淡々と女はそう口にする。
リーンは、否定も肯定もせず歩き始めた。
その行動を肯定の意、と受け取ったのか彼女は「そうですか。」と、ため息交じりに答え。
「じゃ、死ぬのでしたら?'コレ'、貰っても構いませんよね?」
…?
何の事だ?言葉の意味が流石に気になったリーンは立ち止まり、ようやく振り返って見せた。
やや、目を細めて小馬鹿にしているようにも見える表情をしている女が手に持っているのは、一振りの剣。
派手な物では無く、美しさは無いが、逆に言えば一切の無駄が無い、違った意味での美しさを感じる事ができる物だ。
あぁ、この剣を自分はよく知っている。
何故なら、あれはリーンの父親の形…見!?
そう気付いた瞬間、リーンは即座に腰に手を添え、目をやった。手に感触は何も無く、目に移るのは自分の腰周りと、床の一部分のみ。
―この女…!!
「返せ!!!!!!!」
そう怒声を上げ、リーンは女に向かって飛び掛る。
女は、やや口角を上げ少し身体を横にずらし、リーンを避けてみせた。
避けられたリーンは間髪いれず、床を蹴り体を180度回し、背後から再度飛び掛る。
しかし、それもまた同じ様に、また体をずらし避けられ…今度は両腕を捕まれ、そのまま後ろで組まれ体を壁に叩きつけられた。
「ぐっ…」
壁に叩き付けれた痛みと、間接を極められている痛みに苦悶の声を上げる。
『うるさいぞ!!!!!!』
叩きつけられている壁からそんな声が聞こえる。
「申し訳無い。すぐに済みますので。」
その声の主に対してだろう、女は少し大きな声で返した。
「この剣、どうやら余程大事な物のようですね。」
右手1本でリーンを押さえつけながら、左手に持った剣を眺め、女はそう言う。
この剣は、リーンの父親、つまり先代の王の形見。
狂王と叫ばれた自身には、持つ資格は無いのかもしれない…だが、何処の誰かが解らない馬の骨に明け渡すつもりも毛頭無い。
「これを返して欲しければ、私から奪い返して見せなさい。」
言われるまでも無く、そうするつもりだ。
だが、どれだけ自分が力を込めても、拘束からは抜け出す事ができない。
本当に、女なのかと問い詰めたくなるほどの馬鹿力にただただリーンは蹂躙されていた。
「…ですが、ここでは周りの方達に迷惑が掛かる。私に飛び掛るのも、殺しに掛かるのも、もっと人目が付かない場所にしなさい。お互いの為にも、ね。」
頭に血が上りきっているリーンは、言われた意味が理解できなかった。
ただ、感じた事は「盗人の分際で何をほざくか。」という事だけだ。
ありとあらゆる罵詈雑言を浴びせかけたいが、顔を叩き付けられて、口の形を上手く変える事ができない今、それは「もがもが」という間抜けな声にしかならなかった。
「私は貴方の前から無断でいなくなる事は無い、と約束しましょう。貴方がこの剣をもう一度手にする可能性が無くなるのは貴方自身が私から離れた時だけ、と。だから今日は部屋に戻って休みなさい。」
そこで、ほんの一瞬、リーンの力が女の力をやや上回る。
即座に顔を滑らせるようにずらし、言葉を発することができる位置になんとか持っていく。
「ふざけ…!!」
と、声を出した瞬間に首に衝撃が走る。
それ以上声も出せず、それ以前に息をする事もリーンはままならなくなった。
声にならない恨み言を頭の中でぐるぐるさせながら、リーンの意識はまたしてもまどろみの中へと入り込んでいった。

「ん…。」
眩しい光を、感じリーンは、ぼんやりと目開いた。
小さな窓から外を見る。地面には、小さな泉のような水溜りがいくつもできていたが、空は澄み渡っており正に、快晴と言ってもいい天気だ。
しかし、リーンはすぐにハッ、としてベッドから飛び出した。腰に剣は…やはり無い。
昨日の出来事は、やはり夢では無い。それが解るが否やリーンは小さな空間を動き回るには不適切な速度で飛び出した。
廊下を駆け抜け、階段をバタバタと大きな音を立てて下りる。
階段の下は食堂に繋がっており、そのただならぬ足音に食事をしていた客の何人かが、リーンに顔を向けた。
「何処だ!!何処にいる!?」
リーンは叫ぶ。
すでにリーンの方へ顔を向けていた人間も、向けていなかった人間も、リーンに向ける視線が'正常でない物を見る'物へと変化していった。
そんな視線の変化も意に止めず、リーンは周囲を見渡す。
何処を見ても、あの女の姿が見えない。
―逃げられた!!!
怒りの任せて、拳を壁に叩き付ける…前に、リーンの後頭部に、ぺちりと小さな衝撃が走った。
「お騒がせしてすみません。ちょっと頭の弱い子でして。」
そう言って、声の主は今度はぐりぐりと、リーンの頭を強引に撫で回す。
リーンはそれを振り払い、振り返るが否や叫ぶ。
「お前、ふざけるな!!!さっさと僕の剣を、むぐぬぉ…」
口に蓋がされる。
柔和な笑みを浮かべながら、またしても女は「すみません、すみません。」と周囲の客に頭を下げた。
そして、ちゃっかり腰に提げてあるリーンの剣を軽く手で叩いて見せ、顔を耳元に近づけた。
「私が逃げようと思えば、昨日の夜の内にでも逃げれたというのはお分かりでしょう?約束は絶対に破りません。ですので、暴れる場所は考えてください。ここでは他の人に迷惑がかかります。」
そう言って、女は周囲を見渡す様に目を動かした。
釣られてリーンも後ろを見る…今も尚、何人かの人間が不審な目を此方に向けている。
「…お前がそれを僕に返せば解決する話だ。」
流石に、多少の羞恥芯を感じ声量を落とし、リーンは至極正論を言う。
それに対して、女は「まぁまぁまぁまぁ。」と爽やかな笑みで返した。
「まずは朝食にしましょう。腹が減ってはなんとやら、です。」
空いてるテーブルを指差して、女はそう言ってみせ、歩き始めた。
あまりの話の通じなさに、リーンはポカんとした表情を見せたが、慌てて後を追う。
追いついた所で…多少周りを気にしたのか、小さな動きで自分の剣に手を伸ばす。
その手は、即座にはね退けられ、額の辺りに小さな衝撃が走った。
女は、ニヤニヤと笑っていた。
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| 小話 | 14:20 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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