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英雄。4

メイフィ=イェルドは幼い頃より本ばかり読んでいた、と思う。
いや、正しく言えば本を読む事しかできなかったと言った方がいい、と思う。
彼女は出口が何処にあるかも解らない、本棚の要塞にずっと独りで生き続けていた、筈だ。
彼女は特にその事に疑問を抱いた事を無かった。自分自身、本を読むのは好きだったし、こうして本を読み続けていられるのは幸せな事だから、と思っていた気がする。
今にして思えば、自分はどうしてそんな所にいたのか、そこは一体何処なのか、そしてどうしてそこから出ることができたのか、そもそも本当にそんな場所にいたのかすら解らない。
確実に言えるのは、ただただ、本を読み、字を、言葉を、礼儀を、世界を学んで行く内に僅かに芽生えた願望。
『外を見てみたい。外の世界をこの目で知りたい。』
そう願った時には、当たり前の様に自分は陽が当たる大地に立ち尽くしていた事だけだ。

自分の素性に関しては、さほど疑問を抱いた事は無かった。
明らかに異質な存在であるという事は理解していたが、自分の存在なんかよりも興味深い事がこの世界には少し首を捻るだけでそこかしこにあったからだ。
あの丘を越えた先に何があるのか、とか。あそこにある建物とは何なのだろうか、とか。この生き物の名前はなんなのだろうか、とか。
どれだけ行けども行けども彼女の興味は尽きることが無い。寧ろ行けば行くほどその先で更に気になることが出来ていく。
そうして、少しずつ、ゆっくりと、旅をして…そうして行く内にメイフィは一人の青年と出会った。

今にして思えば、彼との会話はメイフィにとって初めての他人との会話だった。
ヘネシスの3人ほど座れるベンチをだらしなく腕を広げて占領し、ぼんやりと空を見上げている姿は今でもよく覚えている。
彼に話しかけたのは道を尋ねる為…ではあるが、どちらかといえば長閑な町並みをあまりに心地良さそうに満喫している彼の姿は彼女が想像でよく思い浮かべていた『町並み』という景色の一つにあまりにもよく似通っていたからというのが一番の理由だった。
実際に、彼に話しかけて正解だった、と彼女は思う。彼と出会ってから自分の知らない事や興味深い事が次々と増え、また次々とそれを知識として頭に入れることができたのであるから。

それなりの時間を彼と共に過ごしてきたが、彼の年齢は直接聞いた事は無い。だが、見た所だと年齢は自分と比較的に近いと(そもそも自分の年齢も理解している訳では無いが)思われる。
時に博識で、時に冷めていて、時に素っ頓狂な事を言ってみたり、時に何処と無く悲しそうで。色々な彼の表情を見てきたが、彼の素性に関してはメイフィは何一ついまだに知ることができていない。
彼について知っている事の方が少ない、そんな状態で人を評価するのは失礼に当たるとは思うが、もしも「彼はどんな人か?」と聞かれたとするならば彼女は間違い無くこう答えるだろう。
『不器用だけど、誰よりも優しい人だ。』と。

何時ごろからか、と言われると困ってしまうが、気が付いた頃にはメイフィは彼の事をもっと知りたい、そう思うようになった。だが、そう思ってもその答えはこれまでの疑問と違ってなかなか得る事が出来なかった。
丘の先が気になるなら、丘の先に行けばいい。あの建物が気になるなら、建物の下まで行ってみるといい。この生き物の名前が気になるなら、本を読めばいい。
ならば、人の素性が気になるなら?
…それは、たった一言で知ることができるかもしれない。それは理解しているが、その一言に必要な勇気はこれまで必要だった勇気の何物よりも大きかった。


「…。」
先ほどまで、自分は確かにリプレの橋の上にいた。なのに、どうしてこの様な見知らぬ場所にいるのだろうか。
周囲を見回すと、後ろに扉が一つ、左右にも扉が一つずつ。そして正面には何処かのお店のようなカウンターが一つ設置されており、その後ろには椅子と、膨大な本棚が壁を埋め尽くしている。
窓のような物は一切無い。外が明るいのか暗いのかは解らない。そもそも'外'が存在しているのかすら疑問に覚えてしまうぐらいだったが、聊か眩し過ぎるとも思える電球のお陰でこの空間に暗さは全く感じられない。
目の前の光景は明らかに異質な物であったが、頭は驚く程に冷静だった。
それどころか何故だろうか、彼女はこの異質な光景にまるで実家に帰って来たかのような安心感を少しばかり感じていた。
ぼんやりとその場で立ち尽くしているとカウンターの奥で後ろを向いていた椅子の向こうでぱたり、と小さな音が聞こえた。
鳥の羽音の様だったが、音が小さすぎたためか断定はできなかった。そして、次に聞こえて来た音はぎし、と椅子が軋む音。
そして次は…きゅるきゅると椅子が回る音だ。
先ほどまでまるで存在を感じさせなかったが…椅子には眼鏡を掛け、小奇麗な服装をした、青年が座っていた。
「おや…貴女は………。」
メイフィの存在に青年は一瞬驚いた様な顔をして見せたが、即座にその表情を消してみせ、メイフィ見定める用に目をやや細めた。
そして、何かに合点したように頷いて見せ、
「なるほど……来客なんてもう何十年振りでしょうか。ようこそ、次元の図書館へ。貴女の探している本は何でしょうか?」
まるで本当の心の内を隠すような、作ったような笑顔で、そう言った。


「次元の…図書館?」
メイフィは呆けた表情で言われた言葉をそのまま返した。
聞いた事は無い筈…無い筈なのだが。
その言葉の並びに得体の知れない懐かしさを彼女は感じざるを得なかった。
「えぇ、そうです。記憶の吹き溜まり、そう呼ぶ方も中にはいらっしゃいましたけどね。」
苦笑して、彼はそう言った。
又しても、その表情に何処と無くメイフィは懐かしさを覚える。
何故だろうか、と考えてもそのノスタルジーの正体は解らないが、彼女は次の疑問を口にする。
「あの…貴方は…?」
「………あぁ、失礼。申し送れました。私はエルク……Erc=Pallmall(エルク=パールモール)。この図書館の司書をやっている者です。」
まただ。
この名も、何処かで聞いたことがあるような気がする。
だが、それが何処だったかは全く思い出すことができない。まるで記憶に靄がかかっているかのようだ。
この場所にしろ、この青年にしろ、何処かで見たことがあるような気がするのに思い出すことが出来ない歯痒さにメイフィは内心打ち震える。
「さて、図書館に訪れたと言う事は貴女は何か調べたい事があるのでしょう?どうぞ是非言ってみて下さい。最適な本を探して差し上げますよ。」
本。
本は何時だって自分の知らない事、解らない事を教えてくれた。
だが、今のメイフィの疑問に本は決して答えてくれる事は無い。
そう思った瞬間に、メイフィは突然ハッと我に返った様な表情に変わり、思う。
早く元の場所に帰らなければ、と。もしかしたら彼が心配しているかもしれない、と。
「いえ、本では私の知りたい事の答えは解りません…突然お邪魔してしまい申し訳ありませんでした。私を元の場所に帰して頂けませんか?」
メイフィがそういうと、彼の表情は最初に見せたような作ったような笑い顔を変化した。
「帰すも何も…ここ入って来たのは貴女の方ではありませんか。……お出口は後ろの扉になっております。そこを開けば元居た場所に帰れる事でしょう。」
そう言って、彼はメイフィの後ろの扉の方を指差して見せた。
とりあえず、帰れるという事は解ったので彼女は、ほっとしたように息を吐いた。
「有難うございます。それでは私はこれで…本当に申し訳ありませんでした。」
そもそも自分でも何故、急にこんな所に飛ばされたのかまるで理解していなかったが、彼女は再度頭を下げて彼から背を向けた。
雑音が一切しない空間だからか足音がいつも以上に大きく聞こえ、たかが数歩の距離が気が遠く成る程、遠く感じてしまう。
自分の身長以上に大きい扉の前に立ち、いざ扉を押そうとした時。メイフィの手は扉に触れる直前で止まった。
後ろから、小さな、普通ならば聞き取れない程の小さな声が聞こえたからだ。
思わず彼女は振り返ったが、エルクは先ほどと変わらず椅子に座っていた。
ただ違うのは、その表情が本当に別れを惜しむような悲しそうな表情で俯いている、という事だけだ。
「どうか…されましたか?」
流石にこんな表情を見てしまった以上、声を掛けずにそのまま出ることはできなかった。
声を掛けたと同時に彼は「しまった」と言わんばかりに顔を上げた。
相変わらず、涙を流すのでは無いかと思うほど悲しそうな表情が張り付いていたが、彼はスイッチを入れるように瞬きをすると、その表情は瞬時に笑顔に変わっていた。
「あぁ、いえ……ですが、本当によろしいのですか?」
何も調べずに立ち去ってもいいのか?と、言いたいのだろう。
…自分の先ほどの表情についてこれ以上追及されない為の話題逸らしの為に咄嗟に出た言葉なのかもしれないが…
確かに、ここの蔵書量で言うのならこの一室だけでもこれまで見たこと無いほどに膨大な物だ。
無論、読書好きな彼女がそれに興味が無い、と言えば嘘になる。
だが、それ以上に『早く戻らなければ』という気持ちが今は上回っている。そして何より、ここの本を読んだ所で今得たい疑問に対する答えは見つかる筈は無い。
「はい。先ほども言いましたが本では私の知りたい事の答えは得ることはできませんから…」
「…その知りたい事というのは…もしかして『人の事』では無いですか?」
その言葉に、メイフィの体は僅かに硬直した。
その小さな動きでエルクは図星であると解ったのだろう。口角が上がり、指を組んで捲くし立てる様に続けた。
「この図書館を甘く見てもらっては困りますね…言ったでしょう?『記憶の吹き溜まり』と呼ぶ人もいる、と。」
「…どういう、事ですか?」
「言葉通り、ですよ。ここにある書物は人の記憶そのもの。数多の時空に存在する'人の記憶'。その全てがここに集まっているのです。今までも、今も、そしてこれからも。」
腕を広げエルクは淡々とそう語る。普段であれば「またまたご冗談を」と、笑って言ってやる所だったが、今のメイフィにはそれが冗談だとは思えなかった。
そもそも冗談としか思えない現実を今こうして目の当たりにしているのだ、彼の言うことが真実であっても何もおかしくない。
全て'人の記憶'が集まっている…それはつまり'彼'の記憶も例外では無い筈だ。
これは、メイフィにとって願ってもないチャンスだ。今日までずっと知りたくても聞けず、心に霧を抱えて生きていた事に終止符を打つ、チャンスだ。
だが…。
「さぁ、如何なさいますか?」
この誘惑は甘い蜜の様だ。
この蜜を吸えば、彼女の中で迷路の様に渦巻き続けている疑問が全て解決できる。
だが…だからと言って、人の記憶を勝手に覗き見る事が許されるだろうか?
知られたくない過去、思い出したくない過去、そんなもの誰にだって山ほどある事だろう。だからこそ、彼女は今まで直接聞く事ができなかったのだから。
そもそも自分自身だって過去の事を聞かれたそれを答える事なんてできないでは無いか。それなのに、他人の過去を執拗に知りたがる事が許されるのか?
欲と罪悪感が胸の中を競争するように走り、跳ねる。'彼'の悲しそうな表情とじれったさを感じているような自分の表情が交互に頭をリフレインする。
長い、長い、沈黙の後、先に彼女の口元にたどり着いたのは。
「…では…リーン…リーン=クルシモさんの記憶をお願いします…」
それは、紛れも無く、自分の欲望であった。

彼の名前を口にし、解りましたと短く答えエルクはすぐに本を探しに取り掛かった。
探す、といっても直接本棚の前に立って本を取り出すといった行動はしていない、彼がしているのは傍目から見るとただ目を瞑って指揮者の様に腕を上下左右に動かしているだけに見える。
だが、彼が手を動かす度に彼の目の前に本が現れては消え、現れては消えている。どうやら何かしらの魔法を行使しているのは間違い無い様だが、今のメイフィにはそんな事じゃ一切目に入ってはいなかったようだ。
彼女は辛そうに俯き、唇を丸めていた。今更になって口に出してしまった事を後悔しているようにも見える。
「リーン=クルシモ…リーン=クルシモ…あぁ、名乗っている名前が途中で変わっているのですね…なら、こちらの本かと。」
さり気なく、エルクはメイフィが知り得なかったリーンの情報が一つ呟いたがそれすらも彼女の耳には入ってはいない。
どすり、と重量を感じさせる音と共にメイフィの目の前に置かれたのは、とてつもなく分厚い本だった。
人を殺せる程の厚みを持ったそれは、もはや本を呼ぶよりは鈍器と呼ぶ方がしっくり来る。
「…本当に、これに、リーンさんの事が…書かれているのですか?」
出された本を見つめながらメイフィは呟くようにエルクにそう問う、小さい声だったが、そこには悲痛さを感じさせられる。
まるで、「書かれていて欲しくない」と言わんばかりだった。
だが、エルクは何を今更、と言わんばかりに僅かに眉を潜める。
「えぇ、そうです。それを開けばその、リーン…でしたか。彼の過去を全て知ることができます。彼がこれまでどう生きてきたのか、そしてその中で得た喜びも、悲しみも、痛みも、何もかも全て。」
もしも、これまでの話が全て虚言だったとするならば、霧を抱え続ける事にはなれど、少なくとも良心の呵責に苛まれる事は無かった筈だ。
無論、この本を開かずこの場を立ち去る事もできる。だが、自分の欲望がそれを許そうとしない。
そんな感情の矛盾に、メイフィはかつて無いほどに自分という存在が如何に醜いかと思い知った。
これまで自分は、自分の中の定義における「善」という行動を行ってきたつもりだ。
そして、その定義の中において、「この本を開く」という事は「悪」の他ならない。
それでも、この本に向かって伸びていく手を止める事ができなかった。
無意識、と言ってもいい。力を入れているつもりは全く無いが彼女の手は吸い込まれる様に本に向かっていく。
やがて手は表紙をなぞり、扉を開く様にゆっくりと捲られる…









―それを、彼女に、読ませるなッ!!!!!!!
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