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英雄。19

カニングシティーとはどんな町か。リーンは歩きながらそれをフレイヤに聞かされていた。
曰く、「他の町と比べ、不自然とも言えるほど文明が発達している地」なのだと言う。
その言葉の意味を、リーンはいまいち理解できていなかったがカニングシティーに足を踏み入れた時、その言葉の意味を理解した。
ヘネシスの旧道のような、鬱蒼とした森を抜けた先にあったのは…町全体が石でできており、そこいら中が炎では無い鮮やかな光に照らされ、鉄が道を走っている場所だったのだ。
「…。」
町の様相にリーンは言葉を失った。見る物全てがリーンが全く知らない…行ってしまえばリーンが空想に描いていた世界の未来の姿がそこにあったのだ。
唖然としているリーンを見て、フレイヤは少し笑って声を掛ける。
「カニングシティーは初めてですよね?驚いたでしょう?」
「あ、あぁ…」
放心したようにそう口にしたリーンの前を、鉄の塊が信じられないほどの速さで駆け抜けていった。
驚いたのも束の間。その塊はリーンの少し離れた場所に止まり…中から人が出た後に、また走り去っていった。
「あれは車です。まぁ…見ての通り人の移動に使う物だそうです。今はこのカニングシティーの中だけで運用されているようですが…うまく行けばビクトリアアイランド全体で運用する予定だそうですよ。」
「へ、へぇ…」
出来る限り冷静な態度でいる事を務めて、リーンはそう返した。
下手な事を聞くと先日の'先の大戦'の話のような反応されるかもしれないと思ったからだ。
…しかし、目前に広がる数々の未知を前にしては、それも限界があった。
1歩、また1歩と町を歩く度にリーンは目を丸くして見せるので、フレイヤはその都度それが何なのかを説明してくれた。
「…あれはテレビという物です。簡単に言えば遠くの映像を流す物ですね。」
「ほぁ…」
もはや、言葉になっていない返事をリーンは返す。
そんな、リーンを見て今日、何度目かになるかわからない苦笑をフレイヤは見せた。
「'先の大戦'時…'次元の図書館'という不可思議な世界と、この世界は一時的に繋がりました。そこは……まぁ、一言で言えば'ありとあらゆる世界'の英知が集う場所だったのです。
 次元の図書館が我々にもたらした知識によって、我々の世界の文明は飛躍的に発展しました。それによって生み出された強力な武器や魔術、兵法…それらのおかげで闇の魔術師を倒す事ができたのです。」
'次元の図書館'。
またしても聞いたことの無い言葉が出てきた。それに'ありとあらゆる世界の英知が集う場所'等と、さらっととんでもない説明まで付いてだ。
しかし、今のリーンはそんな事はどうでもいいと感じていた。
それほどまでに凄まじかったのだ。このカニングシティーという町の様相は。
「当時はとにかく闇の魔術師の討伐に念頭を置いてそこで得た知識を使ってきましたが…無事に討伐する事ができたので今度はその知識を我々の生活に還元しようとしているらしいです。」
「なるほど…」
「まぁ、私個人としては世界中がいずれこのような様相になってしまうと思うと…ちょっと息苦しいと感じてしまいますね。穏やかなヘネシスは今の姿のままあって欲しいですし…大自然と共に人々が生活するエリニアの形を変えてしまうのも…………」
どうやら、フレイヤ自身はこの町の事をそれほど良くは思ってはいないようだった。
尤も、とにかく自分の知らない物で埋め尽くされ、未だに唖然としているリーンの耳にはその言葉はあまり入っては来なかったのだが。
だが、世界全体がこの町の様相になるのは…リーン自身もあまり快く思えない気持ちは確かにあった。
文明は発達しているのだろう。解らない物は多いが、恐ろしく便利な場所なのだろう。
しかし…それ以上にこの町に対して抱く印章は'騒がしい'という気持ちが強かった。
利便性は高いはずなのに…住んでいると気疲れしてしまうのではないか、と思えてしまうほどに。
まぁ…穏やかで優しいヘネシスの町に長く居たリーンなのだから、それはある意味当然なのかもしれないが。
ただ…
(夕日が…綺麗だな。)
時刻はもう黄昏時。
西日に照らされ、影を落とす石の塔達。
影を落とした場所を照らす、異形の炎。
それらが描き出す、人の手によって作り出された幻想的な景色は…リーンがこれまで見てきたどの黄昏よりも切なく、美しいと感じさせた。


翌日。
リーンは、これまでと同じように食事を取り走り込みと素振りの修行を行った。
場所は変われど、やる事は変わらない。だが、いつも以上にリーンは肉体的、というより精神的な疲れを感じていた。
それは、いつもと違う石畳の上を走っているからというのが大きいのだろうが…何より道行く人が奇異の目でこちらを見てくるのがひしひしと伝わってきていたからだ。
場所が変われば住む人間も変わる。どうやら、このカニングシティーでこういった行動はこの場にそぐわない行動であるらしい。
自分に向けられる視線、時折聞こえる嘲笑。それらを全て見えない、聞こえないふりをして一心不乱に修行を続けたが、これから毎日この町の中で修行を続ける自信が早くもリーンの中からは消え失せていた。
「ふぅ…」
一通りの修行を終えリーンは大きく息を付き、近くに置いてあったタオルを手に取って汗を拭いた。
フレイヤはいない。走り込みを終えた時点で、「ギルド分所の方へ行ってきます。」と、一言告げて行ってしまった。
何気なく、空を見上げると太陽はまだ真上にあった。燦々と輝く太陽と同じ様に、この町の人間もまだ活動的な時間だ。
リーンは恨めしそうに声にならない声を上げる。
今が真昼間ではなく黄昏だったなら。あの美しい黄昏の時間なら、きっとリーンの心はもっと晴れやかな気持ちでいれただろうからだ。
「…。」
いつまでも太陽を睨みつけていても、時間の流れは速くなる訳が無い。
こうしてても仕方が無いと、リーンは小さく溜息を吐いて座り込んでいた石の階段から立ち上がり、宿屋への帰路を辿った。

宿屋に足を踏み入れた時、番台の男と目が合った。
異質な物を見るように睨め付けられたが、やがてリーンが宿泊客であることを思い出したのだろう、何も言う事無く視線を読んでいた新聞に戻した。
どうやら彼がこの宿屋を経営している人間であるらしいが…リーンはこの宿屋に到着した時から、この男を好きにはなれなかった。
ヘネシスのあの宿屋に泊まった後だからというのも勿論あるのだろう。寧ろ、必要以上に客に関わらない彼の姿勢は正しいのかもしれない。
それは頭では解っているのだが、あの可愛がってくれた女将の事を思い出すとリーンはどうしてもそう思ってしまっていた。
何も言う事は無く、リーンは自室に戻ろうとしたが…ふと、体の疲れはそれほど大きくない事に気が付いた。
時計を見ると、時刻はまだ昼にもなっていない。普段の事を考えればフレイヤが戻ってくるまでまだ大分時間がある。
そこでリーンは一つ、前々からやらなければならないと思っていた事を実行に移す決意をした。
「すまない。この辺りで図書館のような物はないだろうか?」
どう見ても年上の人間である店主に向かって、へりくだる事無くリーンはそう尋ねた。
店主は見るからにめんどくさそうな顔をして見せると鼻を鳴らし、言った。
「なんだぁ?運動をしていたかと思えば今度はお勉強か?性が出るねぇ小僧。」
おおよそ、客に対する態度とは思えない返事が返ってきた事にリーンは顔を歪めた。
反射的に文句を言おうとしたが、それより先に店主の言葉が続く。
「'こんな町'にそんなもんある訳……いや、そういや最近作られたか?ギルド分所の近くにそれっぽいのがあったような気がしない事もねぇな。」
「…ギルド分所はどこにある?」
「さぁね。それも最近出来たばっかだから詳しくは知らねぇよ。……あぁでも、確かここから東の方だったかもしれねぇな。」
「…感謝する。」
大雑把な方角した教えてもらえなかったが、リーンは短く礼の言葉を返した。
尤も、リーンの心情は感謝の気持ちよりも早く会話を切り上げたいという気持ちの方が強かったのだが。
善は急げと言わんばかりに、そそくさと宿屋の出口に向かおうとした時、後ろからまた声が掛けられた。
「…小僧、路地裏や薄暗い場所には近づくな。ま、命が惜しいならの話だがよ。」
「…。」
リーンは何も言わず、振り返る事もなく頷き、宿を後にした。

(命が惜しいなら、か。)
宿屋から出て歩きながら、リーンは先ほど店主に言われた言葉を思い返す。
命は別に惜しくない。…ただ、捨てるタイミングは少なくとも今では無い。
「…。」
リーンは腰に提げてある棒切れに視線を落とした。
あんな話を聞いてしまった以上こんな物でも持っていないよりはマシだろうと、置いてくることなくそのまま持ってきていたのだ。
(…そういえば、今やってるのって剣の修行の筈…だよな。)
だが、自分がここ最近やっている事と言えば…ひたすら走って、ひたすら素振り。それの繰り返しだ。
真剣を最後に握ったのはいつだっただろうか?
本当に、これで自分は強くなれるのだろうか?
様々な想いが自分の中で反響する。だが、確かに言えることは一つある。
(体力は間違いなくついている…な。)
今日は特にそれを実感していた。
いつもの走り込み、素振り。それを終えて尚且つまだ時刻は昼前だったからだ。
前々から徐々に終わる時間が早くなっているのは感じていたが、昼を跨ぐことなく一日の修行を終えたのは今日が初めてだった。
今だって足取りも軽い、腕だって自由に動かせる。
疲労感、という物をリーンは段々と覚えなくなってきていた。
(ん…?)
考え事をしながら小さな路地を通り過ぎた時、リーンは何か妙な違和感を感じた。
気になって、体勢はそのまま後ろに下がり路地を見やるとその違和感の原因はすぐに解った。
同時に、店主が『路地裏や薄暗い場所に近づくなと』と忠告した理由もだ。
(なるほどな…)
路地にはボロ布を纏った人間が座り込んでいた。
頬は痩せこけて、視線は空へと向かっている。尤も、本当にその空を見ているのかは解らないが。
いわゆるスラム、なのだろう。繁栄した町の中にこういったものの存在は常に付き物と聞く。
この路地の先に進めば確かに無事では済まない気がする。見えるのはただ一人の人間が座り込んでいるだけの景色だが、そのずっと奥に佇む暗闇はそれを想像させるには十分すぎる物があった。
じろじろと見続けて何か因縁を付けられては堪らないと、リーンはすぐに路地から視線を外して歩き始めた。
「…。」
ヘネシスのような長閑な町にずっといたからだろうか。
こういう光景を目にしてしまった事が、リーンはどうしてかショックだった。


図書館に到着して、リーンは早速書物を読み漁り始めた。
読む本は…もっぱら歴史書の類だ。
(やはり…か…)
リーンが座っている椅子の前のテーブルには既に数十冊の本が積み重ねられていた。
全部を読み切った訳では無い。ただここの歴史を大雑把に知りたかったからだ。
そして読んでいく内に…ある一つの事実をリーンは理解した。
(ここは…僕の住んでいた'世界'じゃない。という訳か…)
ここに来る前から半ばリーンはそれを理解していた。
ヘネシス、カニングシティー。聞いたことの無い町。
フレイヤが使っていたあの'魔法'のような物。
メル。自分が聞いたことも無ければ、見たことも無い通貨。
そして、このカニングシティーの発達した文明。
誰かに聞かなくとも、調べなくとも、ここがいわゆる'異世界'だという事は想定していた話だ。
だから、リーンは驚かなかった。
信じられない、という気持ちも無かった。なにせ、自分こそが少し前までその'信じれない'力を身に宿していたのだから。
自分がこの世界に来たのも、間違いなく自分の'力'によるものなのだろう。
リーンは自分が身に宿していた'力'の本質がどういった物なのか、どういった事が可能なのか全てを理解している訳では無かった。
ただ、自分が理解している範囲だと「途轍もない速さで動ける」「時間を逆行できる」「不死」この3つだけだ。
(でも、「速さ」と「時間」と「空間」は違うようで似通った性質の物だ。どれか一つでも操作ができるなら、次元の壁を越えて異世界に来たというのも不思議では無い、な。)
そう簡単に結論付けて、リーンは読んでいた分厚い書物を閉じてテーブルに置いた。
(…そういえば…誰が言っていたんだっけ?この話は)
ふと、疑問に思いリーンは記憶の糸を辿る。だが、その答えは1秒もかからない内に出た。
そうだ、こんな事を言う奴なんて自分の知ってる人間の中には一人しかいない。
リーンの脳裏に浮かぶのは…今となっては遠い祖国の、親友の姿だった。
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| 小話 | 18:28 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

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英雄。18

その日は、雨が降っていた。
思えば、久方ぶりの雨だ。最後に降ったのはいつだったかは流石に覚えていないが、少なくともリーンが修行を始めてから雨が降ったのは今日が始めてだった。
雨が降っていても修行には関係無い。そう思ってリーンはいつも通り、走り込みと素振りを始めようとしたが、外へ出ようとするリーンをフレイヤは止めた。
故に、今日は言ってみればリーンにとって久方ぶりの休日だった。
休日とはいえ外が雨である以上、やれる事は特にない。何をするわけでもなくフレイヤとリーンは同じ部屋でぼんやりと過ごしていた。
「…そろそろ、このヘネシスから移動しましょうか。」
窓の外で降りしきる雨を見ながら、フレイヤは何気なくそう言った。
「え…どうしてだ?」
突然の言葉にリーンはそう聞き返す。
この地を離れる理由が解らなかったし…そして何より、この地を離れたくないという気持ちがリーンには少しばかりあったからだ。
気候もよく、住民は穏やかで優しい。修行をするには、ここ以上に適した地は無いとリーンは思っていた。
「近頃、物騒ですからね。ここの近くで死体が見つかりましたし…'警察'もそこかしこに居てあまり居心地もよくありませんしね。」
'警察'とはエレヴ警護偵察隊を略した言葉である…らしい。
詳しい事まではリーンは知らないが、こういった事件の捜査は基本的にこの'警察'が先導して行うらしい。
フレイヤの言葉にリーンはフン、と軽く鼻で笑い言う。
「なんだ?やっぱり盗人だから警察は苦手か?」
「ハハハ。まぁ、それもあるかもしれませんね。」
悪びれる事無くそう答えるフレイヤに、リーンは悪戯心が沸いてニヤニヤと笑いながら続けて言う。
「警察にお前が僕の剣を盗んだと話せば、もしかしたらお前を捕まえてくれるかもしれないな?」
「……さぁ、どうでしょうかね?剣が盗まれた。しかし、剣を盗んだ張本人は自分のすぐ目の前にいる。そんな状況でそんな言葉を信じる人が果たしているでしょうか?」
「…」
確かに、フレイヤの言う通りだ。全くもって不服だが。
盗んだ人間の行方が解らないならともかく、盗んだ人間がすぐ近くにいるのだ。
おまけに…リーンはまだ子供である。『フレイヤに剣を盗まれた』と申告したところで、『危険な刃物を子供から大人が遠ざけた』程度にしか見てもらえないであろう。
尤も、リーン自身もそれは解ってはいたし、何より剣は自分の力で取り返すという意志があったので、そんな事を言うつもりは毛頭無かったのだが。
不貞腐れたように、再びリーンは鼻を鳴らし、視線をフレイヤの背中から離す。
…そこでふと、数日前にフレイヤに聞いた質問を思い出し…何気なく再び同じ質問をした。
「…あの死体が見つかった場所が、僕達が決闘した場所と同じだったのは…やっぱり偶然なんだよな?」
「えぇ、偶然です。私自身が何より驚いているぐらいですから。」
数日前、新聞に'死体が見つかった'という記事が載った日。
フレイヤが宿屋に戻ってきて開口一番にリーンはその事をフレイヤに告げた。
それを聞いてフレイヤは僅かに沈黙し…『そうですか。』と答えただけだった。
フレイヤ曰く、あの場所を知っていたのはギルドの依頼でよくこの旧道の魔物を討伐しているから、その時に偶然あの場所を発見したという事だった。
嘘を吐いているようにはリーンには見えなかった。…尤も、フレイヤは時折何を考えているのかよく解らない時がある。
そんなフレイヤが嘘を吐いていたとして、リーンにはそれを見破れる自信は無かったのだが…
「それに…この辺りの魔物はある程度落ち着いてきたようです。依頼の数は目に見えて減っています。これ以上この場所にいてはお金が足りなくなってしまうでしょうしね。」
「そうか…」
死体が見つかった。警察がそこかしこにいて居心地がよくない。金になるような依頼も少ない。
この地を離れるには十分すぎる理由だ。
そして何より…金が足りない一番の理由はリーンの高価な武器を買い与えたからだろう。
ここで使われている通貨の'メル'についてはリーンは実際の所、詳しくは解っていない。
ただ、この宿の1泊、更に2食付きの値段は5000メル。フレイヤがリーンに武器を買い与えた日、武器屋の店主に差し出していたあの白銀貨が1枚あればこの宿屋には1年近く泊まることができる…らしい。
そんな白銀貨を3枚、あの日の内にフレイヤは使っていたのだ。他ならぬリーンの為に。
自分の大切な剣を奪っていったフレイヤに対して、こう思うのもリーンにとっては複雑だったが…少しばかり後ろめたい気持ちがあるのが事実だった。
だからリーンはそれ以上何も言わず、素直に返事を返した。
「なら…準備をしておく。」
「えぇ、お願いします。明日は晴れるみたいですからね…明日、朝食を食べた後にこの地を離れます。」
「解った。」
そう返事を返して、二人の間にはまた静寂が訪れる。
フレイヤは…ずっと窓の外を見ていた。一度もこちらを振り返る事も無く。
(…あぁ、'また'だ。)
降りしきる雨を見ながら、彼女は何を考えているのだろうか。
表情すら窺えない。だから、リーンには想像すらできない。
…ただ。
ただ、その後ろ姿は。リーンには何処か哀しげな物に見えた。


翌日、目を覚ましたリーンはいつもと同じ様に部屋を出て、階段を降り、食堂へと向かった。
フレイヤはやはり先に居た。寝ぼけ眼を擦りながら卓へと近づくリーンを笑顔で迎え、「おはようございます」と挨拶をして見せた。
「あぁ……おはよう。」
フレイヤの笑顔はいつもと同じ物だった。屈託が無く、悪意を一切感じさせない、穏やかな笑顔だ。
先日のどことなく悲しげな様子はもう感じられない、そのことに「よかった」とリーンは安堵した。そしてその瞬間、ハッと我に返り舌打ちをした。
一転して不機嫌そうな顔をしたリーンの真意までは、フレイヤには解らなかったが…
リーンが不機嫌な顔をしているのは、フレイヤにとってのいつもと同じ事だった。
顔を横へ向け、露骨に視線を合わせようとしないリーンに苦笑しながらも、フレイヤは卓のベルを鳴らした。

「もういっちゃうのね…寂しくなるわ…」
名残惜しそうにリーンにそう言ったのは女将だった。
'もう'と呼ぶにしては既に1月以上はこの宿屋で世話になっている、旅人の滞在期間としてはむしろ長すぎるくらいだ。
出会いもあれば、別れもある。宿屋を営んでいる人間であるならば、それは尚の事だ。
だというのにここまで寂しそうな顔をして、別れを惜しまれるとリーンはなんだか申し訳ないような気持ちになった。
「今まで…本当に世話になった。有難う、女将さん。」
「…えぇ、元気でねリーンちゃん。またヘネシスに来ることがあるなら必ず顔を見せてね。」
そう言って、女将はリーンの頭を優しく撫でまわした。
公衆の面前で気恥ずかしい物をリーンは感じたが、抵抗はしなかった。
それはやはりリーンとて、別れを寂しいと感じる所があったからだろう。
しかしこのままでは寂しさは大きくなる一方だ、そう感じたリーンはやがて顔を上げ。
「あぁ。約束する。」
屈託のない笑顔で、女将にそう言った。


「おや、もういいのですか?」
宿屋から出て、扉のすぐ隣でフレイヤは立っていた。
リーンが女将から可愛がられている事は、フレイヤも知っている事だった。だからこうして、水を差さないよう先に外へ出ていた。
リーンは「あぁ。」と小さく答えた。
その表情はいつもと同じくどこか不機嫌そうで、固い顔だった。
「…なんだ?」
何も言わずに、じっと自分の顔を見つめるフレイヤに疑問を思ったのか、リーンはそう問う。
「いえ…貴方も素直に礼を言ったり、笑ったりできるのだな、と思いましてね。…私にもそういう態度を向けてくれてもいいのですよ?」
「…盗人に礼の言葉などある訳無いだろう。馬鹿な事を言っていないでさっさと行くぞ。」
「これは手厳しい。」
そう言ってフレイヤは大げさに両手を顔の横に上げて、首を振って見せた。
そして、それ以上は何も言わずに歩き始める。リーンもその後ろに続いた。
(…笑顔か。)
思えば、あんなに屈託の無い笑顔を見せたのはいつ振りだろうか?
…自分に笑顔を見せるような資格など、無いというのに。
そうだ、自分はそもそもこうやってのうのうと生きている資格など…
(いや…)
そこまで考えて、リーンは首を振るい思考を彼方へ吹き飛ばした。
今はこんな事を考えるのはやめよう。今するべき事はそんな事じゃない。
(…それに、事が済んだら散らす命だ。だから今はどうあってもいいじゃないか。)
そう自分に言い聞かせ、リーンは少し早足でフレイヤの後に続いた。


夜になった。
フレイヤが次の目的地としている町の名前はカニングシティーという名前であり、ヘネシスから歩いていけば丸1日はかかるという事だった。
故に、途中で野宿を挟む事は覚悟していたし、その事に対してリーンに不満はなかった。
「…ん。」
リーンはいつの間にか眠っていたらしい。眼を擦って体を起こすと、覚えのない外套がリーンに被せられていた。恐らく、フレイヤが被せたのだろう。
パチり、パチりと木々の弾ける音が焚火から聞こえる。それを前にして、フレイヤは座り込んでいた…目もしっかり開いている。
「フレイヤ?」
そう声を掛けると一瞬、驚いたような表情を見せてフレイヤはリーンの方へと顔を向けた。
「…あぁ、ごめんなさい。起こしてしまいましたか?」
「いや…」
別に起こされた訳ではない。リーンが自分で勝手に目を覚ましただけだ。
…それ以前に、リーンはここ数ヶ月間まともに熟睡できた試しは無かった。
リーンは、眠りに落ちる度に夢を見る。その度合いは日によって違うが、リーンが毎夜見ているのは…間違いなく悪夢だった。
酷い時は叫び声と共に目を覚ます時がある。今日はそのような事は無かったし、先ほどまで見ていた夢の中身をリーンはもう忘れてしまっていたが、'悪夢を見ていた'という事だけは間違いがない。背中に流れる冷や汗がその証拠だろう。
そう考えると、リーンは再び眠りに付くのがなんだか怖くなった。ましてや、間違って悲鳴を上げてしまうような事があればフレイヤに何を思われるのかも解らない。
「…フレイヤは寝ないのか?」
「…ここは比較的に安全な場所とは言われていますが…'守護陣'がある訳ではないですからね。見張り役は必要でしょう。」
「…。」
確かにそうだ。何一つ気にしていなかったが、ここは安全地帯では無い。
この場所について、火を起こして夕食を摂ってる最中にもフレイヤはそんな事を一切口に出さなかった。
リーンに一切の負担をかけず、最初から自分が見張りをやるつもりだったのだろう。
きっと、リーンが朝に目を覚ましていれば、フレイヤはあたかもリーンより少し早く起きたような態度で接してきたに違いない。
それに気づいて、様々な。そして複雑な心情を全て吐き出すように、リーンは深く溜息を吐いた。
「…寝ろ。見張りは交代する。」
「お気になさらずともいいですよ?私はこういう事には慣れていますから…」
「町までまだ距離があるんだろう?寝不足状態で何か間違いがあってケガでもされたら困るんだ。…お前は、僕の剣の師なんだろう。」
リーンが見張りを交代すると申し出たのは、眠る事で悪夢に苛まれたくないから…と、いうのも勿論ある。
だが、それ以上あったのは………尤も、リーンはそれを認めようとはしないであろうが。
そんなぶっきらぼうなリーンの態度に、フレイヤは優しく微笑んだ。
「…そうですね。ではお言葉に甘えて休ませてもらいましょうか。…有難う、リーン。」
「フン…」
そう言って、フレイヤは横になった。
平気そうな顔をしていたが、やはり疲れていたのだろう。寝息は、ほどなくして聞こえてきた。


見張り役、とはいえ何かが起こるような気配は一切なかった。
魔物の声は聞こえず、聞こえてくるのは優しい虫の音色と…焚火の中の木々が弾ける音だけだ。
少し肌寒い。よくよく見ると、火が小さくなったような気がする。
リーンは近くにあった木の枝を何本か掴み、それを小さく折り焚火の中へと放り投げた。
ざっ、と火の粉が舞い上がり、火は少し大きくなって…声が聞こえた。
「……ッ――」
何事か、とリーンは身構えて辺りを見渡す。
しかし、その声の発信源が横になっているフレイヤだと気づくと、ほっと胸を撫でおろした。
「めん…なさい…」
「?」
寝言、なのだろう。
言葉が切れ切れになっており、何を言っているのかリーンにはよく解らなかった。
「る…さない…」
やはり、聞こえない。
何と無しに気になって、リーンは少し体をフレイヤの方へと傾けた。
だが、そもそもしっかりと発音できていない寝言に聞き耳を立てた所で何を言っているか解る筈もない。
しばらく、聞き取れない言葉をごにょごにょと口にしていたフレイヤだったが…たった一つだけ、聞き取れた言葉があった。
「ヨシュア…カルセム…」
それは人の名なのだろうか。
ヨシュア…きっと男の名なのだろう。
一体誰なのだろうかと、解る筈の無い疑問をリーンは考えようとした…その刹那に。
パチり、と少し大きな音は出して焚火が弾けた。
その音にリーンは少し驚き…すぐに静寂がリーンを包んだ。
それがあまりにも静かな物だから。
フレイヤは、最初から何も言っていなかったのでは無いのだろうかと、リーンは錯覚した。

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| 小話 | 23:39 | comments:3 | trackbacks:0 | TOP↑

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英雄。17

―リーンが二度目の死を体験した時、何もかも全てが'巻き戻った'。…一度目と全く同じように、燃える炎も散った命も全てを一緒くたにして洗い流すように。
目を覚ますと、いつも通りリーンは自室のベッドの上だった。
「…。」
寝ぼけ眼で窓から外を見ると、心地よい朝日と早朝の静けさがリーンの体を包み込む。
そのままぼんやりと外を眺めていく内に、リーンはハっとして腹部を手で触った。
(何も…無い…?)
昨日、賊に撃たれた筈の腹部には傷一つ無かった。
あれほどの傷、当然ながら1日程度で治るはずもない…一体何故?
様々な思考がリーンの頭をよぎるが、窓から見える穏やかな街の景色を見て一つの結論に辿り着いた。
(夢…か…)
あまりにもリアルすぎて、思い出しただけでも気分が悪くなりそうだった。
だが、よくよく考えたらこれほど穏やかで美しい国が一夜にして地獄と化すなんて有り得ない話では無いか。

……
………?
(…違う!)
あれは決して夢なんかでは無かった。全て現実にあった事だ。
ぼんやりとしていた頭から一転。一瞬にして覚醒したリーンは即座に今日の日付を確認する。
(…立待月の七日。やっぱり巻き戻ってる…)
襲撃された日、リーンにとっては昨日だがその日からきっちり1週間巻き戻っている。
(一体どういう事だ…?どうしてこんな事が起きている?)
様々な思考を巡らせるが確信を持って言える事は何も出てこない。リーンはただただ己に起こっている事態に困惑していた。


…だが、考えていく内にいくつかの仮説が出来た。
まず一つ。恐らく、'時間が巻き戻っている'と理解しているのは自分だけ。
まさか時間が巻き戻っている等とは夢にも思わなかったが、違和感自体は前に'巻き戻った日'にもリーンは感じていた。
だが、周りの人間はそのような素振りを一切見せていない。リーンが何度か「これは前にもやらなかったか?」と聞いたにも関わらずだ。
そうなると…自分の中の'何か'が起因となってこの巻き戻りが起きている可能性が高い…だが、その'何か'が解らない。
(何かある筈だ…何か…)
リーンは巻き戻った瞬間、すなわち自分が死んだであろう瞬間を思い返す。
…現にこうして生きている以上、あれが'死'なのかどうかは確信が持てないが、あの頭の中まで暗闇に浸食されていくような…思い出すのも嫌になるほど不気味な感覚は…あれこそ'死'であるのだろうと思わせるには十分だった。
リーンの国に攻め入って来た何者がリーンを殺し…そして気が付いた時にはリーンは再び'今'の時間に巻き戻っている。
もし仮に、リーンの死がこの'巻き戻り'の引き金になっているとするならば…
(そういえば…あの時は…)
リーン一人が逃がされ森の中を彷徨っていた時、リーンは普段自分が持ち歩かない物を持っていた事を思い出す。
それはまさしくこの国の'国宝'であり…敵国の目的としていた物そのものだった。
(そんなまさか…いや、しかし…)
国宝、と言われてはいるがそれに対してのリーンの認識は'ただの綺麗な宝石'ぐらいの物だった。
美しい宝石というのならば…宝石類に関しての知識をリーンはあまり持っていなかったが…これ以外にいくらでも存在していると思っている。
ただ確実に言える事は、国を墜としてまで手に入れるほどの価値は無い。という事だ…これが'ただの宝石'ならば。
もし、仮にあの'国宝'途方もないほどの力を持っている物だとしたら?…そして、どこからかその存在を知った何者かが、その'力'を求めて国を襲ったのだとしたら…?
…馬鹿馬鹿しい、有り得ない。
しかし、そう考えれば全て辻褄は合う。そして何より、既にその馬鹿馬鹿しく、有り得ない体験をリーンは二度もしているのだ。
いやそれ以前に今、尤も大事な事はそんなことではない。
(きっと、ここで動かなければ…また同じ事を繰り返す事になる。)
そう、これは…神が…いや、'国宝'が自分に与えた奇跡なのだ。
きっと'国宝'が言っているのだ。「ここで滅ぶべき国では無い」と、「国を救え」と、「民を救え」と。
ならば、リーンがするべきことはたった一つだ。
そこで、リーンの自室のドアから軽快なノック音が聞こえた。
起きてから結構な時間が経っている、いつもなら朝食に向かっていてもおかしくない時間だ。
「入っていいぞ。」
尤も、誰がノックしたのかはリーンには解っている。
こういったタイミングでリーンの元へ訪れるのは、彼しかいない。
ドアが軽く開き、ひょこりと頭だけを覗かせたのは…やはり、リーンの予想通りカノンだった。
「おはよう、リーン。起きていたのかい?食事はとっくに出来ているよ?」
笑みを浮かべてカノンはそう言った。
リーンは軽く「あぁ」と言って頷き、立ち上がりカノンの元へと歩く。
カノンはその様子を見て笑みを消し、少し驚いた顔をして見せた。リーンの顔付きはこれから朝食を摂りに行く様な物とは程遠かったからだ。、
「すぐに国の軍備を固めろ。1週間後…夜襲がある。」
「え…?軍備?どうして?どういう事だい?」
当然だが、いくら唐突に言われたとはいえ、この言葉の意味をカノンは理解できなかった訳ではない。
ただ、理由が解らなかっただけだ。
それも当然だ。これから国が襲われるという事実を知っているのはリーンだけなのだから。
「頼む、信じてくれ。ただ1週間後に備えて防備だけでもいいから固めてくれ…何も無ければそれでいいんだから。」
「…解った。すぐに兵士達に伝令するよ。」
納得できた訳では無かったが、リーンのただならぬ表情を見て、カノンはそれ以上何も言わなかった。
パタパタと駆け足でカノンが兵舎へと向かっていく。その後ろ姿を見送りながらリーンは一人つぶやいた。
「こうすれば…この国も民も…守れる…!」
'国宝'が与えたこの奇跡をもうこれ以上無駄にはしない。絶対に国を守って見せる。
リーンの気持ちは高揚していた。自分の行動がまるで'英雄'のように感じたからだ。皇とはいえリーンは年頃だ、そういった英雄譚に憧れる気持ちは持ち合わせていた。
「絶対に守って見せる…」
決意に満ちた表情で呟き、リーンはカノンの後を追って1歩、歩き出した。
…そして、この1歩こそ。リーンがこれから体験する事になる地獄の始まりだった…



リーンが自分の体に最も変化を感じたのは、修行を始めてから14日目の事だった。
その日もいつもと同じように起き、同じように朝食を食べ、軽く準備運動をしてから走り込みを始めた。
周回数は51周。周回数は自分が数えなくとも、近くで座っているフレイヤが数えているため、自分で数える必要は無い。
しかし、今のリーンにはその数える必要のない周回数を数えるぐらいの余裕ができていた。
「ハァ…ハァ…」
「お疲れ様です…随分と余裕ができましたね。」
そう言いながら近づいてきたフレイヤはリーンにタオルと水を渡した。
何も言わずにそれを受け取り、リーンは速やかに水分を補給する。もちろん、むせ返る事は無い。
「…こうも毎日やらされれば嫌でも慣れるさ。」
含んだような言い方でリーンはフレイヤにそう言った。
その言葉を聞くと、フレイヤはいつも通り笑って見せた。
「まぁ、それが狙いですからね。…さて、そろそろ次のステップと行きましょうか?」
「次のステップ?」
そう聞き返したが、次のステップが何なのかは予想が付く。
ここまで体力を付けたのならば、次はいよいよ実践的な修行になるに違いない。
ようやく剣の修行らしく剣を持ち、打ち合えるのだ。フレイヤから剣を取り返す日はそう遠くは無い…と、思っていた。
しかしリーンの予想を裏切って、フレイヤがリーンに手渡してきたのは錘が付いた木の棒だった。
「…これは?」
聞いてみたが何を言われるかは薄々予想できた。今度は絶対に間違っていない。きっと、リーンが想像している通りの事をフレイヤは言ってくるのだろう。
フレイヤは笑顔を崩すことなく言った。リーンの予想を一字一句違わずに。
「私が'いい'と言うまで、これを振りなさい。」
「…はい。」
結局、フレイヤが'いい'と言ったのは、リーンの体力に限界が来て倒れた後。
938回目の素振りをした時だった。
「明日から毎日宿屋を51周し、その後に938回素振りをしなさい。」
薄れゆく意識の中、リーンはまたか…と絶望した。

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そこから15、16、17日目は修行の初日に戻ったような気分だった。
宿屋の周りを走り、素振りをして、疲れ果てて眠る。それの繰り返し。
修行を終えて部屋に戻ろうとする度、女将が心配そうにこちらを見ていたのは解ってはいたが、それに答えられるほどの余裕はまだリーンにはできていなかった。


修行19日目。
この日もいつも通り修行を終え、眠りについたが…目を覚ますとまだ日は落ちていなかった。
体の感覚としては10日目に近い、腕を動かそうとすると鈍い痛みが走るが…動かせない程では無い。
走り込みの修行に素振りが追加されて、まだ6日しか経っていない。走り込みの修行だけをしていた時に、このような境地に達するまで10日要したが…リーンの体は早くも新しい修行に適応しようとしていた。
ベッドから起き上がり、軽く背伸びをする。走る鈍い痛みにやや心地よさを感じつつも、リーンは部屋を後にした。

「それでね、お客さん達が急に喧嘩を始めてねぇ…自分でも信じられないのだけど私ったらその二人の首根っこ捕まえてこう言ってたのよ。『ここは食堂だよ!口を動かすなら食べるために動かしな!』ってね!いやぁ、人間いざって時に何するか解らないものよね。」
「ハハ…」
遅い昼食(時間的には夕食と言った方がいいが)を食べながら、うんざりした様子でリーンは女将の話を聞いていた。無論、女将はそんなリーンの様子には気が付いていない。
本当は食事をしに来たつもりはなかった。ただ、リーンとしては何となくじっとしていられずに、自室から出ただけだったのだが、
食堂へ降りてきたリーンを見つけた瞬間、嬉しそうに声を掛けてきた女将を無視するのも気が引けたので相手をしていたら…いつの間にか食事が出ていた。
その上、女将の口からは次から次へと話が飛び出してくる。つまらない話とは思わなかったが…こうも続くとそれにもいい加減辟易としてきていた。
その時だった、宿屋に突然人が入ってきた。
その人物はあまりにも慌てた様子で入ってきたのでリーンは思わずぎょっとしたが、女将はなんてこと無さそうにその人物の方へと駆け寄った。
「ご、号外です。た、大変ですよ!旧道の方で…」
その男は郵便配達員なのだろう。あまりにも大きなニュースだったのだろうか。号外を売りながらもその内容を誰かに話したくて仕方が無いといった様子だ。
そんな男を宥めるように女将は言う。
「はいはい、解った解った。でも内容話してたら売れる物も売れないわよ。2部買わせて頂くわ。いつも有難うね。」
「毎度あり!こちらこそ、いつもありがとうございやす!」
金銭を受け取った男は、叫びながらまた黄昏の町の方へと駆けて行った。
あまりにも大きな声なので、いつまで経っても男の声が聞こえなくなる事は無かった。
「号外…?何かあったのか?」
「さぁ、何かしらねぇ…はい、これ。」
そう言って女将は買った2部の内の1部をリーンに渡した。
恐らくリーンと自分が読むために2部買った訳ではない。食堂に置いて宿泊客が自由に読める様にするために買ったのだろう。
そこまで解っていたので、リーンはできるだけ皺にならないよう丁寧に新聞を開いた。…尤も、リーンも宿泊客である事には間違いないのでそんな気遣いは無用なのだが。
『―ヘネシス旧道で死体見つかる。
 本日、夕方。ヘネシス旧道で死体が見つかった。
 身元を確認した所、マグス盗賊団の幹部であるライザムである事が判明した。
 マグス盗賊団は一年ほど前、彼等が根城にしていた洞窟で幹部を除いた所属団員が一夜にして皆殺しにされた経緯があり、先日は幹部の一人であったキルラが何者かによって殺害されていた。
 今回の事件も同一の人物、または同一の組織によって起こされた物だと考えられている。
 今回、ライザムの遺体が見つかった場所は盗賊団のアジトの一つだったらしく、道に迷った行商人がたまたま見つけた物であったようだ。
 この事件についてエレヴ警護偵察隊は捜査を進めているが、悪逆非道の限りを尽くしていた盗賊団の人間が亡くなった事に対して、当然の報いといった声も大きいそうだ。』
記事をそこまで読んで、リーンは目を丸くして驚いていた。
女将も同じ気持ちだったのだろう。リーンの表情を横目で見ながら呟いた。
「まさかまたあの盗賊団の幹部が殺されるとはね…あいつらに同情の余地は無いけれど…この辺りで殺されたというのは何だが気味が悪いわねぇ…」
人のいい女将がこういうぐらいだ。リーンは知らないがこのマグス盗賊団というのは、この記事の通り本当に悪逆非道を尽くしていたのだろう。
そんな知らない彼等が何者かによって殺された。リーンが驚いていたのはそこでは無い。リーンが驚いていた理由は…
ライザムの死体が見つかったのが、フレイヤとの決闘に使ったあの場所であった事だった。

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英雄。16

―「グァッ!?カッ…」
声にならない悲鳴を上げてその場にうずくまり、リーンは腹部に手を当てた。
湿り気を感じる、それも尋常では無いほどの。腹部から湧き水のように何か噴出している。
「あ…」
血だった。
(撃たれ…た…?なんで…?)
朦朧としはじめる意識の中でリーンはそんな事を考えていた。
しかしそれは考えるまでも無い。敵の目的の物を持って逃亡し、あのような絶叫を上げていれば気付かれない方がおかしな話だ。
だが、今のリーンにはそんな単純な答えにたどり着くことすらできなかった。ただ、理解できるのは溢れ出る赤の量。即ち、自身の死が近いという事だけだ。
(死…あぁ…でも…これでよかったんだ…)
もう、これ以上生きていても仕方がない。
国と民と共に自分も死のう。それで綺麗に収まる。でも…

……?
朦朧とした意識の中でリーンは不意に気づく。
(そうだ…こうなる事を…僕は'知っていた'筈じゃないか…)
1週間前からずっと続いていた既視感。
この既視感の終着点が'ここ'に至るという事を自分は'知っていた'筈ではないか。
だというのに、自分はこの1週間、何をしていた?
ただ、いたずらに時を過ごしていただけでは無いか。
自分は、なんと愚かだったのか。リーンは歯噛みをして己を呪う。
あの日、あの時に見た物は決して夢では無かった。実際に自分が体験した事そのものだったのではないか。
(だと言うのに…僕は何をしていたんだ…)
気のせいだ、疲れているだけだと言い訳をして何もしてこなかった。
その結果として自分の国は再び滅びの道を歩んでしまった。
どれだけ悔やんでももう遅い。リーンは神が与えた千載一遇のチャンスをみすみす取り逃してしまったのだから。
(あぁ…もう一度…もう…一度…やりな………)
自分の願いを想い切る前に、リーンはまた冷たい地面の上で事切れ…

再び、時は'巻き戻った'


……
………

修行2日目。
目覚めた瞬間からリーンは全身の痛みで起き上がる事すらままならない状態だった。
体を少しでも動かそう物なら、その動きを拒むかのように電流が走ったような痛みが襲い掛かる。
階段を降りる事すら一苦労で、到底走る事はできない、と自分では思っていたのだが…
リーンの痛がる様子を見ても、フレイヤは顔色一つ変えずに「では、走りなさい」と簡単に一言告げた。

結局、この日の走り込みは前日の2倍以上の時間を要する事になった。


修行3日目。
全身、特に足の痛みは変わる事が無い。
食事中にリーンは露骨に痛がってみたが、フレイヤの吐く言葉は昨日と一字一句変わる事はなかった。
走りながらリーンはフレイヤの恨み言を延々と吐き続けたが…フレイヤはにこにこと笑いながらリーンの走り込みの様子を見続けていた。

この日の走り込みは前日と変わらないぐらいの時間がかかった。


修行4日目。
目が覚めてもリーンはベッドから出ようとしなかった。
こうして眠り続けていればなんだかんだで今日一日が終わると思いたかったからだ。
…そこからほど無くしてフレイヤはリーンの部屋に現れ、嫌がる無理矢理リーンを引きずって外へと出ていった。

この日の走り込みは朝食を取り損ねた事もあり、前日より更に時間がかかった。
おまけに最後の最後で足を捻った。


修行5日目。
前日の足の捻りが思いの他重症だったらしく、目覚めると痛みが増していた。患部を見てみると足は痛々しい程に腫れあがっていた。
痛みの度合いで言えばここ数日の比では無い程だったが…リーンは内心、それを喜んでいた。
自分は'動きたくない'では無く'動けない'のだ。この状態で走るのは到底無理だ。
こんな状況で走れば状態は悪化するだけであり、流石のフレイヤも無理に走らせようとはしないだろう。
…しかし、その喜びも束の間。
部屋に入ってきたフレイヤはリーンの腫れた患部を見るなり、そこに手を当て何かを唱えた。
すると、先日の眼の出血と同じ様に…患部はみるみる内に腫れが無くなり、痛みも無くなった。
思わず、リーンはフレイヤに「余計な事するなァ!!!!!!!!」と思わず叫んだ。
フレイヤは何も言わず笑顔でリーンに平手打ちをした。

走っている最中、頬の痛みはずっと残っていた。


……
………

フレイヤとの修行の日々はリーンにとってまさしく地獄としか思えない日々だった。
正直な所、もう逃げ出したい気持ちで一杯だったが'神聖な決闘'の結果であり'剣を取り返して死ぬ'という目標でかろうじで毎日こなせているような状態だった。
走り込みの最中、リーンは何回自分の心臓が破裂した錯覚に陥ったか解らない。
走る、疲れる、眠る、走る、疲れる、眠る。そんな生活が何日も続いた…

「ん…」
修行10日目。
またいつものように走り込みを終え眠っていたリーンだったが、不意に目を覚ました。
外を見るとまだ日が昇っている…その事実にリーンは軽く驚く。
何故ならここ数日は走り込みを終え、目を覚ますともう日は落ちていたからだ。
「アダダ…」
起き上がろうとすると足に痛みが走る…だが、歩けない程では無い。
修行7日目辺りからだろうか、リーンの足の調子はずっとこんな感じだった。
(…体力、付いてきたのかもしれないな)
2日目、3日目の事を思えば、今の足の軽さは嘘のようだ。
今日の走り込みも若干だがいつもよりは早く終える事ができた。
これだけ毎日続けていればそれも当然の事ではあるのだが、フレイヤの思惑通りに行っている事にリーンは少しばかり不愉快そうに鼻を鳴らす。
そして、それとほぼ同時に。共鳴するかのようにリーンの腹が鳴った。
「小腹が空いたし…何か食べてくるか…」
ベッドから身を抜け出し、リーンは久方ぶりの昼食を取りに自室から出た。

「あら、リーンちゃん!今日は早いお目覚めね。」
「あぁ…まぁ…」
食堂へ降りると宿屋の女将がにこやかな笑みでリーンに話しかけてきた。
ここに宿泊し始めてそれなりに時間が経つ。それに加えて毎日毎日宿屋の周りを走り込んでいる内に、いつの間にやらリーンは女将に顔を覚えられてしまっていた。
気立ての言い女将で、敬語を一切使おうとしないリーンに対しても不愉快な顔をしない。
そういう気さくで人当りのいい女将の力もあって、この宿屋は小さいながらこのヘネシスでは人気の高い宿屋であるらしい。
無論、リーン自身もそんな彼女にはそれなりに好感を持っていた…'リーンちゃん'と呼ばれるのは聊か恥ずかしいが。
「そういえばフレイヤは?」
「フレイヤさん?…そういえばリーンちゃんが自室に戻ってから何処かへ出かけて行ったわね~まだ帰ってきてはいないみたいだけども。」
「そうか…」
リーンが自室で眠っている間、フレイヤが何処かへ出かけているという事はこれまでも度々あった。
数週間前ならいざ知らず、今となってはフレイヤがリーンを残して何処かへ行ってしまうという事は無いと解っていたので、これに付いてはリーンは特に気にしていなかった。
だが、何処に行っているのかは気になる。
「何処に行ったんだ?」
半ば無意識にリーンはそう口にし、'しまった'と口を押える。
何日もこの宿屋に滞在している身だが、女将は別に家族でも何でもない。フレイヤがわざわざ何処に行くかを告げて出て行くとは考えにくかったからだ。
案の定、女将は困ったような顔をして見せている。
「そうねぇ……あ、もしかしてギルドの分所に行ってるんじゃない?」
「ギルド?」
聞きなれない言葉にリーンは思わず聞き返す。それに対して女将はやや驚いた表情を見せたが、すぐに笑顔に戻り答えた。
「そ、ギルド。簡単に言えば…同じ目的を持った人間同士の集まり…って所かしらね?」
「…同盟の様な物か?」
「そんな堅苦しい物じゃないわよぉ~ほんの少人数の集まりでもギルドにはなるんだから。今の冒険者さん達はほとんどギルドに加入して金銭を稼いでいるんじゃないかしら?」
「へぇ…」
簡単に説明されすぎてリーンはいまいち理解できていなかったが、これ以上説明された所で自身にはあまり関係無い話だと踏んでそれ以上追及はしなかった。
どちらかと気になる事と言えば…
「どうしてフレイヤがギルドに行ったと思ったんだ?」
「あぁ、それね。ギルドに加入している人は、胸元にギルドの証であるエンブレムを付けている事が多いの。フレイヤさんも胸元に何か付けてたからもしかしてギルドエンブレムなんじゃないかってね。」
「なるほど…」
そう言われ、リーンは頭にフレイヤの姿を思い浮かべる。確かに言われてみれば胸元に何かバッジのような物を付けていたような気がする。
ただのアクセサリーの類だと思っていたが、どうやら意味のあるものだったようだ。
…まぁ、それはさておき。
「すまないが、何か適当に作ってもらえないだろうか?少々小腹が空いてしまって…」
そういうと女将は嬉しそうに笑い、リーンの頭を撫でた。
数日の間、昼食を取らず1日に1食か2食しか取っていなかった女将は少なからずリーンの事を心配していたのだ。
そんなリーンが久方ぶりにまともに昼食を取るという事が、嬉しかったのだろう。
「はぁ~い。腕によりをかけて作っちゃうからね!ちょっと待っててね~」
そう言って、女将はパタパタとキッチンの方へと駆けて行った。


「あぁ、でしたら女将さんの推理通りですね。確かに私はギルドの分所で簡単な依頼を受けていました。」
朗らかな笑みを浮かべ、フレイヤは胸元に付けているエンブレムを少し引っ張りながらリーンにそう言った。
結局、フレイヤが帰ってきたのはリーンが昼食を食べてから数時間程経った後。
日はもう落ちかけ、黄昏時になってからだった。
「依頼?おま……フレイヤのような盗人に依頼するとは、随分な物好きな奴もいるんだな。」
嫌味たっぷりにリーンはそう言う。
が、フレイヤはいつも通りそんな言葉を意に介さない様子で軽く笑って見せた。
「まぁ、依頼人は私という人間を選んで依頼を掛けた訳ではありませんからね。'誰でもいいから町の近くの魔物を退治してくれ'という依頼がギルド全体に対して来てたのでそれを私がたまたま請け負っただけです。」
「へぇ…」
すこぶるどうでも良さそうに返事を返すリーンだったが、ふと昼間に女将が言っていた事を思い出す。
(簡単に言えば…同じ目的を持った人間同士の集まり…って所かしらね?)
同じ目的を持った人間の集まりという事はフレイヤの所属しているギルドにはフレイヤ以外の人間がいるのだろう。
別に、正直、ハッキリ言ってどうでもいい事だったがなんとなしにリーンはフレイヤに問う。
「…フレイヤ以外のギルド員は今どうしているんだ?それらしい人間とは出会っていないが。」
フレイヤが単独行動をしている最中までは知らないが、少なくともリーンがフレイヤとこうして共にいる時にはそんな人間の存在はまるで感じない。
'ギルド'という物はよくわからないが、集団であるならば、ほぼずっとフレイヤと行動しているリーンとも接触する人間がいてもおかしくない筈だ。
が、リーンのこの推理は即座に裏切られる事になる。
「私以外のギルド員?いませんよ?」
「は?」
「いえ、ですので…私のギルドには私以外の人間はいません、と…」
「はぁ…」
誰だよ同じ目的を持った人間同士の集まりって言った奴は…とリーンは内心でひとりごちつつフレイヤの顔を見る。
「何か?」と言わんばかりでこちらを首を傾げて見返すフレイヤだったが、そんな彼女にふと、リーンは一ついい嫌味文句が思い浮かび口角をいやらしく上げて言った。
「…ま、盗人に人望なんざある訳無いよなぁ…聞いた僕がバカだったよ。」
「やかましい。」
軽く額を小突かれリーンは小さく「アダッ」と声を漏らす。
小突いたとは言え、実際そこまで気にはしていないのだろう。フレイヤの表情はいつもと変わらず笑顔だった。
だが…いつもどんな嫌味を言っても笑って流す彼女に'一つ行動を起こさせた'という事実に、リーンは何だが勝ったような気分になった。


「'先の大戦'から今に掛けて平和な時代は続いていますが…それでも魔物の被害は今も尚各地で相次いでおり、それと比例してギルド本部に寄せられる依頼の数も膨大です。構成人数が何人であろうとギルドという物多ければ多い方がいい。ギルド本部の意向はそういうなんだそうです。」
だから、ギルドのメンバーが自分一人であるという事は何もおかしくないのだ、と言わんばかりにフレイヤはそう言う。
なるほど、そういう事か…と思う前に、リーンはフレイヤが'ある一言'が気になった。
「'先の大戦'?」
何気なく聞いた事だったが、フレイヤは珍しく目を丸くしてリーンを見つめた。
その目の意味することは間違いなく驚きだった。…もっといえば驚愕に近い。
「'先の大戦'をご存じないのですか?」
「え…いや…」
勿論、リーンは知らないからこそ聞いたのだが…
ここまで信じられない物を見るような目で見られると、反射的に言い訳の言葉を探してしまっていた。
だが、咄嗟に言葉が出てくる筈が無い。
しどろもどろしていたリーンだったが、そんな彼をよそにフレイヤは少し考えるように顎に手を当てる。
そこから僅か数秒。フレイヤの中で何か答えが出たのか納得したように一人頷いた。
「…まぁ'先の大戦'も思えば10年近く前の話ですしね…貴方ように'知らない子供'がいるのも特におかしくないですね。」
先ほどの意趣返しだろうか。リーンはなんとなくだがフレイヤの言葉に厭味ったらしい物を感じた。
思わずムっとしたリーンだったが、出かけた言葉を咄嗟に飲み込む。下手に何かを言えば'先の大戦'が何なのか教えてもらえなくなるかもしれないと思ったからだ。
しかし、言葉は飲み込めても表情までは隠せてなかったのだろう。不機嫌そうな顔をしてだんまりするリーンを見てフレイヤは満足そうに笑ってみせた。


「♪今は昔のそのまた昔、この世界を闇で覆いつくさんとした巨悪あり。人々は恐怖に怯え、畏怖を込め彼を'闇の魔術師'と呼んだ。
  しかし、悪がある所に必ず正義あり。世界各地から集まった英雄達により魔術師は深淵へ封印された。」

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唐突に歌い始めたフレイヤをリーンはポカンとした表情で見つめる。
気でも狂ったか?とリーンは言いそうになったが、そんな彼に構う事なくフレイヤは更に続ける。
「♪それから数百年、平和を謳歌していたこの世界に、封印から解き放たれたかの者の魔の手が再び忍び寄る。
  今度こそこの世界は終わり…誰もがそう思ったが女神達はまだこの世界を見捨てててはいなかった。
  魔術師の封印が解けたと同時に、同じく封印されていた過去の英雄達が蘇ったのだ。
  更にそれだけでは無い。この時代には才にあふれた英雄達が同時に生まれていたのだ。
  ―千剣千銃のティルフィング=モーガン。彼に使えぬ武器は無し。たとえ棒切れ一つでも、彼にかかれば名剣となろう。
  ―時の剣、ミゲル=マーティス。見えぬ程の剣裁き。勇猛果敢に敵咲き、仲間の道を切り開く。
  ―百花繚乱、ユーリ=フレイム。華の如く美しき魔法を放ち、敵対する者ですら魅了する。
  ―英雄の意思を継ぐ者エヴァン。彼女の強さは気高き竜のみに非ず。意思と信念、そして自愛の心が何よりも強い力となる。
今と過去、二つの時代の英雄が一つ処に集まりて、目指すは巨悪がひしめく牙城。
  今こそ、悪は潰え、この世界に真なる平和が訪れる時だ………」
そこまで歌い上げ、フレイヤは黙った。
少し恥ずかしかったのだろうか、頬はやや赤く染まっているように見える。
「…終戦直後に吟遊詩人が歌っていた歌です。流行り歌にもなったらしくしばらくは世界各地で歌われていたそうですよ。」
「そうか…。」
歌と言うには少々リズムに乗りにくい。小説の一文を無理矢理歌っているようにリーンは感じたが…閑話休題。
つまり、フレイヤがたった今歌って見せた歌の内容こそが'先の大戦'の内容なのだろう。
'世界を闇で覆いつくさんとした'と言っている辺りかなりの規模であった事は解るが…やはりというべきか、リーンはその内容に全くピンと来ることが無かった。
「英雄…すなわちティルフィング、ミゲル、ユーリ、エヴァン、メルセデス、アラン、ファントム、ルミナス、隠月。この9人の英雄の活躍によってこの世界は救われ、今こうして我々が生きていけるのです。感謝しなければいけませんよ?」
メルセデス、アラン、ファントム、ルミナス、隠月。
この5人は歌には出てこなかったが、歌の内容にある'過去の時代の英雄'が彼等なのだろうとリーンは予測した。
勿論、彼等の名前にもリーンは覚えが無い。
(そうなると…やはり…)
「ところでどうでした?あまり歌は得意では無いのですが…。」
リーンの思考を打ち切るようにフレイヤはリーンに聞いた。やはり歌った身としてはその感想は気になるのだろう。
正直な感想を言えば…かなりの美声だとリーンは思った…ましてやこんな歪なリズムの歌でそう思わせるのだ。
普通の歌を歌えば歌手としても十分やっていけるんじゃないか、とまでリーンは思ったが…素直にそんな事を言うはずが無く。
「ん?あぁ、聞くに堪えない歌声だったよ。」
と、減らず口を叩いた。
その直後、ぱぁんと数日ぶりにリーンの頬から景気のいい音が上がった。

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英雄。15

朝食を取り終えた後、リーンは30分ほど時間を置いて外へ出た。
太陽は燦々と輝き、それでいて熱くも無く、寒くも無い。まさに何をするにしても理想的な天気だ。
(いい天気だな…)
今日までずっと情緒不安定な状態が続いていたリーンにとって、こうやって落ち着いた気持ちで外に出るのも随分と久しぶりだ。
これまでは外の天気など快晴だろうが、雨が降ろうが、リーンには全て同じ物としか思えていなかったのだ。
少し深呼吸をして、辺りを軽く見回す。早朝だというのに早くも町は活気に満ち溢れ、そこかしこで人の笑い声や威勢のいい商人の声が聞こえる。
フレイヤはまだ来ていない。リーンが外に出る前に、店主と何か話しているのは確認していたので宿屋の代金を払っているか…昨日、血まみれで自分が運ばれてきた事の説明をしているかのどちらかだろう。
何もしていないのも退屈だったので、リーンは何気なく準備体操を始めた。

(…そういえば、昨日の'アレ'は一体何だったんだろうか)
屈伸運動を繰り返しながら、リーンはぼんやりと昨日の事を振り返る。
眼からの出血が止まらず苦痛に喘ぐ中、リーンはこの宿屋に連れてこられた。
痛みやら何やらでそれを口にすることはなかったが、あからさまに重症な人間を宿屋に運ぶのは間違いだろうと思った事は覚えている。
だが…部屋に入るや否や、フレイヤはリーンの右眼に掌を向け'何か'を唱えるとみるみる内に痛みは和らぎ、やがて血は止まったのだった。
(あの時…アイツは何をしたんだ?あんなのまるで…)
おとぎ話の中に出てくる'魔法'のようでは無いか。
(…。)
単調な屈伸運動を続けながら、リーンは更に思考する。
心が安定した今になって思えば、どうして考えてこなかったのかと却って不思議なくらいだが…リーンは漸く今、自分がいる場所について考え始めた。
思い返せば…今いるこの場所はリーンにとって不自然な点が多すぎる。
(この町…ヘネシスと言ったか。これ程の町なら直接関わる事は無くとも僕が知らないという事は、まずあり得ない。)
一国の皇を務めていたのだから、世界の国々の名前ぐらいはリーンは把握している。
だが、このヘネシスという町はこれまで来たことは勿論、聞いたことすらなかった。
これほど活気に満ち溢れた場所なら…詳しく調べなくとも解る、間違いなく此処はこの国にとって重要な立ち位置にある事は間違いない。
そんな場所をリーンが'知らない'。というのはあり得ない事だった。
更に屈伸運動を続け、思考する。
(次に通貨の'メル'。これも聞いたことが無い…)
このような町で使われている通貨ならば、リーンの国にとっても無関係でいられる筈が無い。
貿易やら何やら…必ず何処かでリーンの国と繋がりが無ければおかしい。
(そして、何よりアイツが使ったあの'魔法'のような物…)
あれは'ような物'では無く、'魔法'そのものではないのか?そして、ここではそれを使えるのが当たり前なのではないか?
だからこそ、宿屋の主人は何も言わずに血まみれの客人を中に招き入れたのではないか?それを治す手段が有ると解っていたから。
(だとすれば…ここは…いや、'この世界'は…)
「おや、自発的に準備運動とは感心感心。」
思考しきっていたリーンは突如かけられた声に思わずビクりと体を震わせる。
振り返ると、そこにはいつの間にかフレイヤが立っていた。いつも通りの朗らかな笑みで。
「ですが、屈伸だけではあまり効果がありませんよ?もっと体全体を解さないと。」
その指摘を受けて、ようやくリーンはさっきから考え事に集中しすぎて、間の抜けた屈伸運動をひたすら繰り返していた事に気が付き…その姿の滑稽さを想像し、少し顔を赤らめた。
「…解ってる。これから…やるつもりだったんだ。」
負け惜しみのように言葉を吐き、リーンは体勢を変えた。


「それで?今日から僕は何をすればいいんだ?」
準備運動を終えた後、リーンはフレイヤにそう聞いた。
そう言われた彼女は「そうですねぇ…」と、顎に手を当て考える。
そんな彼女の態度にリーンは軽く呆れたように言った。
「…人に剣を教えると言っておいて、まさか何も考えて無かったのか?」
「いやいや、考えて無い訳ではないですよ?ただどういう順序でこなしていくのがベストなのか、とね。」
そういうフレイヤの表情に後ろめたさのような物は一切無かった。どうやら'考えていない訳では無い'という言葉に嘘はないらしい。
うーむ、とフレイヤは小さく声に出しながら、リーンの体を頭から足の爪先にかけて舐めるように見回し…やがて答えが出たのか「うん。」と小さく頷いた。
「この宿屋の外周は…約300m程と言った所ですかね。」
宿屋の外観を見ながら、フレイヤは何気なくそう言った。
「…?それがどうした。」
唐突に出たフレイヤの言葉にリーンは疑問の声を出した。
剣の修行と宿屋の外周に、一体何の関連性があるのか全く解らなかったからだ。
そんなリーンの気持ちを露知らず、フレイヤは当たり前のように告げる。
「私が'いい'と言うまで…リーン、この宿屋の外周を走りなさい。」
「は?」
「'は?'と言うほど難しい話では無いでしょう?とにかく何も考えずに走りなさい。何周したかどうかも数えなくて結構。私が見ていますから。」
「お前…僕に剣を教えるんじゃなかったのか?」
「'お前'では無く、'フレイヤ'です。…さぁ、いいから黙って走りなさい。師の命令です。」
「えぇ…」
困惑した表情を浮かべるリーンとは対照的にフレイヤの表情は至って普通だ。…いや、'お前'呼ばわりされたからか少しばかり不機嫌に見える…気もする。
これ以上、何かを言っても無駄だろう。リーンは少しむくれたように走り出した。


剣の修行。それ自体はリーンが皇帝の座に就くまでは毎日欠かさずやってきた事だった。
しかし、こんな原始的な走り込みを行った事はこれまで無かった。
修行が始まれば、'講師'と模造の剣を打ち込み合い、適当な所で終了。リーンにとっての剣の修行とはそういう物だ。

…正直、その'講師'からしてみれば堪ったものでは無かったのだろう。
そもそもリーンはやがて国の長となる皇帝の一族。国宝の剣はあれど、剣技を代々継いでいるような家系では無い。だから剣の修行も、外部から講師を招いて行っていた。
この話を持ち掛けられた時、講師は悩んだ。
未来の皇となる人間を厳しい修行で傷付ける訳にもいかず、かといって断るわけにもいかない。
そもそも、争いも何も無い平和なこの国で皇自身が剣術を覚える必要が何処にある?そういった荒事がもし起こるのであるならばその時は兵士に任せれば良い。
皇子なら皇子らしく、やがてその座を継ぐ時に必要になる知識をしっかり覚えればいいのだ。
この話も、暇を持て余した幼い皇子が思い付きで言い出した話に過ぎないのだろう?
様々な思いが頭で混沌としながらも悩みに悩んだ末、講師が出した答えは…言ってしまえば'チャンバラごっこ'の延長だった。…尤も、リーンはそれに気付いていなかったのだろうが。
そのような背景もあり、こういった走り込みはリーンからすればこれまで全く縁が無かった訳で…


(ハァ…ハァ…い、今は何周目だ?)
もうこれが何周目になるのか解らない。
フレイヤは'数えなくていい'と言っていたが、走り出した最初の何周かはリーン自身も数えていた。
それが、10周、20周と重なるにつれ…段々そのような余裕も無くなってきたのだろう、自分の思考を全て呼吸と足を動かす事に集中し始めた為、自分が何周したのか解らなくなっていた。
フレイヤは走っているリーンの様子をただずっと見ている。…時折、ニヤけたような、おちょくっているような表情になっているのは気のせいだろうか?しかし、未だに'いい'という言葉は無い。
(いつまで走らせるつもりだよ……!!!)
内心で恨み言を吐きながら、リーンはただただ走り続ける。


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(もう…もういいだろ…?いいと言ってくれよ…頼む…)
今にも泣きそうな顔を浮かべつつ、リーンと通り過ぎる瞬間にフレイヤの顔を見た。
その表情に気づいたフレイヤはただニコりと笑みを浮かべるだけで何も言わない。
頭の中はいつのまにか恨み言より、もうやめたい、もう勘弁してほしい。といった泣き言の方が多くなってきていた。
(い、今は…何周目だ……?最後に…数えた…時…からどの…くらい…経った…?)
思考の中ですら、最早息絶え絶えだ。
脇腹は刺される様に痛み、足の感覚も若干無くなってきている。
それでも尚、足を動かし続けようとしたリーンだったが…
(もう…ダメだ…)
やがて、糸が切れたようにリーンはその場に倒れ込んだ。

リーンが倒れ込んだ瞬間、フレイヤは即座にリーンの元へ駆け寄り、抱き起こして手に持った容器をリーンの口に当てがった。
容器の中から出て、口を湿らす物が何なのか始めの内は理解できなかったが、やがてそれが水であると認識すると狂乱したようにそれを飲み込み始め…
「ゴホッ…!ゴホッ…!!!ウエェェ…」
むせた。
呆然としていたリーンの意識が、急速に蘇る。
ぼんやりとしていた視界もくっきり見え始め、やがて見えたのはフレイヤの顔だった。
「お疲れ様です。もう'いい'ですよ。」
「もう…'いい'って…お前…な…」
息絶え絶えに喋ろうとするリーンの口をフレイヤは人差し指で軽く抑えた。無理に喋ろうとするなという事なのだろう。
確かにもう喋る事はおろか、考える事すらリーンにはできそうにない。
リーンはただ水を飲み、呼吸を落ち着かせる事に全てを集中した。


そこから数分。ハァ…ハァ…とまだ少し呼吸の荒いリーンだったが、ようやく話せるレベルには落ち着いてきた。
それが解ったからなのか、フレイヤはリーンが何かを話し始める前に視線を外し、リーンが走ってきた宿屋の外周を見遣る。
「51周…まぁ大体15kmって所ですね。いやはや解ってはいましたが…やっぱり貴方、体力がありませんね。」
「…ハァ?…。」
『散々人を走らせて置いて、何を言い出すんだお前は。』
リーンの率直な感想はこうだ。だが、それを即座に言葉に出せるほどまだ体力は回復していない。
そんなリーンの心情に構う事なくフレイヤは「まぁ、ともあれ」と更に続ける。
「ひとまずの方針は決まりました。リーン、これから毎日今日走った量と同じ分…つまりこの宿屋の51周分を走りなさい。」
「ハァ!?」
「慣れるまではそれで一日の修行を終えて結構。まずはとにかく体力を付けなさい。何をするにしてもまずはそれからです。」
当たり前のようにそう言ってのけたフレイヤにリーンは苦悶の表情を向ける。
(これから…毎日…この量を…走る!?)
リーンの心境を一言で言うのならば'絶望'だった。
あの辛く…いっそ、死んでしまった方がマシとまで思える走り込みをこれから…毎日!?
苦悶の表情はやがて、縋るような顔へ変わる。そうすれば「冗談ですよ。」と笑って言ってくれるのでは無いかとリーンは僅かに期待したからだ。
だが、そんな顔を向けられてもフレイヤの表情は変化無く飄々としており、何も言ってはくれなかった。
(あぁ…やっぱり…朝の段階で死んどいた方が良かったかなぁ…)
苦悶と絶望の狭間の中でリーンは眠るように気絶した。

※キャラ紹介に「FreyjaKurusimo」と「ErcPallmall」を追加しました。

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