HOME

| PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

| スポンサー広告 | --:-- | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

英雄。13

「…血は止まりましたね。ひとまずはこれで大丈夫でしょう。」
「…」
場所は変わって宿屋の一室。
先の戦闘の後、突如として右眼からおびただしい量の血を流したリーンを女がここまで運んで来たのだった。
血まみれのリーンを連れ込んだ際、かなり宿屋の店主に驚かれたが「早急に一室貸して下さい。」とだけ女が告げると、店主は部屋の鍵を渡しただけでそれ以降干渉してくる事は無かった。
下手に関わり合いにならない方がいいと思われたのか、それとも店主がこういった状況に慣れているのか…それは解らない。
「…右眼には包帯を巻いておきます。当面は外さない方がいいでしょう。」
「…。」
されるがままにリーンは包帯を巻かれる。
右眼に強い圧迫感を受け、少々きつく締めすぎでは無いかとも思ったが何も言わなかった。
「これでよし、と。…いやはや驚きましたよ…まさかこんな事になるなんて…ねぇ?」
「…。」
「もしもし?聞いていますか?」
「…。」
はぁ。と大きなため息が聞こえたがそれでも尚、リーンは何も言わなかった。何も言えなかった。
ただただリーンは絶望していた。己の弱さに。何もかもを失ってしまったという喪失感に。
せめて父の形見だけでも、と大見得を切って挑んだ決闘も成すすべもなく、完膚なきまでに敗北をした。
そして…それどころか…
そう考えた所で、リーンの額に軽い衝撃が走った。
どうやら女が小突いてきたらしい。そしてどういう訳だが妙にニマニマと笑っている。
「ようやく目を合わせましたね。聞こえているのでしょう?人が話しかけてるんですから返事ぐらいちゃんとしなさいな。」
「…話す事は無い。」
「貴方には無いかもしれませんが私にはあります。大事な事ですからちゃんと聞いて、返事をして下さい。」
そんな女の言葉にリーンは軽く鼻を鳴らす。
だが、視線は女から外す事は無かった。話を聞くつもりはあるらしい。
それさえ解れば十分だったのか、女はいつものように柔和な笑みを浮かべて話を続けた。
「…今回の決闘、私の勝利という形で終わりました。異論はありませんよね?」
異論はもちろんなかった。
今回の決闘は終始女に遊ばれるような形で終わってしまったのだ。何も言う事は無い。
強いて言うなら、恨み言ならいくらでも浮かんでくるがそれを口に出すほどの気力は今のリーンには無かった。
視線だけを向けての沈黙。それを女は肯定と受け取り次の言葉を紡ぎ出す。
「決闘とは互いが何かを賭けて戦うという物です。なので貴方には私の言う事を一つ聞く義務がある。そうですね?」
「あ…。」
女の言ってる事は間違いなく正論であるのだが、リーンはその事実をすっかり失念していた。
元より負ける事など一切考えてすらいなかったのだ。…今にして思い返せばあまりにも愚かしい話だとは思うが。
「貴方も剣を扱う人間なら'決闘'の神聖さは解っているでしょう?今からいう私の望みは絶対です。否定する権限は貴方にはありません。」
この女の望み…リーンは少し考えようとしたが、即座に考えるまでも無いと思考を打ち切った。
大方、『この剣を正式にこちら渡せ』と言った所だろう。
無論、断ると言いたいが…この女の言う通り'決闘'の神聖さはリーンも理解している事だった。…父にも散々言って聞かされていた事だったのだから。
『…'決闘'の結果として剣があの女に渡るというのならば…父上も理解して下さるだろうか?』
ぼんやりとリーンはそう考える。
解らない。解るはずも無い。だが、少なくともここで自分が結果を受け入れず無様に喚き散らす事だけは父は許さないだろう、という事だけは解る。
『なら…仕方ないか…』
そう思い、リーンは心中で父に謝罪の言葉を呟き次の言葉を待った。
だが、女の次の言葉はリーンが全くもって予想していない物だった。
「明日から私が貴方に剣を教えます。貴方は私に師事しなさい。」
「…は?」
あまりに予想を超えた発言にリーンは思わずそんな素っ頓狂な声を出す。
そんなリーンを心の底から疑問に思ってるのか、女は真顔で首を傾げた。
「そんなにおかしな事ではないでしょう?私が貴方の剣の師匠になる。それだけですよ?」
「いや、おかしいだろ!!なんなんだよそれは!!痛ッ…」
急に立ち上がって叫んだからか、リーンの眼に痛みが走る。
女は宥める様にリーンの体を摩り、再びベットに座らせた。
「…お前、その剣が欲しいんじゃなかったのか?」
「この剣が欲しい、だなんて私が言った事ありましたか?…まぁ、確かに素晴らしい…いや、途轍もない程の業物だとは思いますけどね。」
そう言って、女は腰に提げてあったリーンの剣をそっと抜いた。
黒味を帯びた刀身が煌めき、女の顔を鏡の様にくっきりと映す。
「直接使ってはいませんが見れば解ります。切れ味もある、強度もある、それでいて恐ろしく軽い。このような剣、きっとこの世界には二つと存在しないでしょう。…剣を扱う者ならば、誰もが欲しがるといっても過言では無いかもしれません。」
「だったらどうして!?」
「どうしてって…まぁ…私には'自分の剣'がありますからね。それだけの事ですよ。」
自分の剣とは女がもう一つ腰に提げてる剣の事だろう。
リーンの目から見ても大した剣だとは到底思えない。なんなら先日、リーンが町で買ってもらった剣よりも良い物とは言えないだろう。
だというのに、この女は『自分の剣があるから要らない』と言う。
剣を奪われたい訳では勿論なかったが、これはこれでリーンはなんだか釈然としない気分に陥った。
「それに…貴方にとっても悪い話では無いと思いますよ?私が剣を教えて貴方は強くなり、私からこの剣を奪い返す程の力を付ける事ができるかもしれませんから。」
「…嫌だと言ったら?」
「先ほど言った通り、『嫌だ。』なんて言えない筈ですよ?貴方もそれは解っているでしょう?」
「…。」
無論、それは解っていた。
ただ、何となくこの女の思惑通りに話が進んでいくのが癪だったから言ってみただけの事だ。
『本当に…いちいち癪に障る…』
だが、こうなった以上もう自分が言える事はこれしかない。
「解った…剣でも何でも教えろ…お前に…師事する。」
「宜しい。」
そう言って女は笑みを浮かべてリーンの頭を撫でた。
リーンは軽く舌打ちし、その手を退かすと女はまた笑った。
「こうなった以上、貴方が私の元から黙っていなくなる事は許しませんからね。もし貴方が居なくなる事があれば私は地の果てまででも貴方を追いかけます。」
「…解った。」
そう答えはした物のリーンの頭はある言葉で埋め尽くされていた。
(なんなんだ…これ…)
自分が追いかけて剣を奪い返そうとする立場であった筈が逆転してしまっている。
解らない。この女が何を考えているのかが本当に解らない。
「さて、話もまとまった事ですし…そろそろ教えてもらえませんか?」
「何をだ?」
「名前ですよ。貴方の名前。」
そう言われて、リーンは今までお互い名も知らない状態だった事をようやく自覚した。
特に隠す理由も無かったのでリーンは素直に自分の名を名乗る。
「リーン…だ。」
「リーン、ですか。…いい名前ですね。」
だが名は名乗ったが、姓を名乗る事はしなかった。
国を救えず、皇たる資格が無い自分に「ファレンス」を名乗るのは自分が許せなかったからだ。
リーンが姓を名乗らなかった事に、女は少し疑問の表情を見せたがすぐにその表情を消し追及しようとはしなかった。
「…それで?お前の名前は?」
「あぁ、そうですね。私もまだ名乗っていませんでしたね。」
女はそう言って、柔和な笑みを浮かべ答えた。
「私はフレイヤ。フレイヤ=クルシモと申します。」
数日間に渡るこの長すぎる前置き。
これこそが、リーンとフレイヤの出会いだった。
スポンサーサイト

| 小話 | 16:58 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

英雄。12

女は一歩も動かず、ただリーンをじっと見続けている。
剣は抜いておらず、手は力なく下げているだけに見えるが一切の隙は感じられない。
(自分から動くつもりは無い、か。)
しばらく2人は見つめあっていたが、どれだけ待っても女は一切の動きは見せなかった。
ただ、リーンの目をじっと見つめ続けているだけだ。
この状況はリーンが動かなければ、変化しないだろう。
でなければ、女はきっと2日でも3日でもあのまま、ただこっちを見つめ続けるに違いない。

―殺す気で来なさい。
ふと、女の先ほどの言葉がリーンの脳裏をよぎった。
女の言葉に嘘は無い。彼女は間違いなく殺し、殺される覚悟ができている。
ただの直感だが、きっと彼女はこれまで幾度となく同じような命のやり取りを続けて来たのだろう。
(言われるまでも無い…!)
先ほどの女の言葉の返事を頭の中で叫びながら、女の元へと飛んだ。

「!?」
女の顔が僅かに歪んだ。
リーンの目算通り、女は自分から行動を起こすつもりは一切無かった。
なので、リーンが先んじて動き始めたのは女の目論見通り。…だったのだが。
こちらに飛び掛かろうと動き始めたリーンの姿が突如として'消えた'のだ。
一体どういう事か。そう考える前に女の体は半ば反射的にしゃがむような姿勢を取っていた。
そしてその直後、女の頭上に何かが通り過ぎた。
「チィッ…」
前方から舌打ちが聞こえる、そこにあったのは抜刀していたリーンの姿だった。
不意打ちを外し、地面に転がった彼はすぐさま体制を立て直し、女へと目を向け、消える。
そして再び、女は身を翻す。それと同時に女が元居た場所に殺意を持った風が通り過ぎた。

(…なるほど、途轍もないスピードでの高速移動、ですか。)
それから幾度となく繰り返される攻撃を避けながら、女は一連の出来事をそう分析した。
一体、どうやって?と、いう事はこの際置いておく。
(確実に言えるのは、あの子は魔法といった類の物を使わずにあのような芸当ができるという事、ですね。)
女がこういう結論に至ったのはそれなりに根拠があっての事だった。
まず、リーンが瞬間移動では無く、高速移動をしたという事。
姿が一瞬消えたがそれでも女は途切れる事無く浴びせられる'殺気'を感じ続けていたからだ。
隠すつもりの無いその気配は間違いなく女の前から横を通り、背後へとたどり着いた。
それが、リーンが高速移動していると判断した何よりの理由だった。
もし、瞬間移動の類の魔法を使っていたのならば、殺気は僅かに途切れるであろうから。
しかし瞬間移動では無く、高速移動だとしてもあれほどの速さで動けるのは何かしらのバックアップがなければ不可能なのは間違いないが…少なくともそれは魔法では無い事も確かだった。
魔法を発動した時には、必ず何かしらの反応がある。
それは空間に描かれる魔法陣であったり、大気の発光であったり使用する魔法によって様々だが、先ほどのリーンの動きを見ている限りそういった反応は全く無かった。
そうでなくとも、魔術の心得がある彼女は魔法が発動すれば、大気中のマナの動きでそれを察知する事もできる。それが無かった時点で魔法を使っていないというのは確実だろう。
(さて、どうした物か…)
そう思った矢先にリーンの姿はまたしても消えた。
(今度は…右ですね。)
女は判断し、瞬時に左へと飛ぶ。
その刹那に地と女の足の間に刃が揺らめいた。
そしてそこには、女の予想通りリーンの姿があった。僅かながらに動揺の表情を見せているのは気のせいではないだろう。
(確かに恐ろしい技ですが…あれだけ殺気が出ていれば、避けるのは難しくありませんね。)
だが、リーンが「剣の腕に自信がある」等と、自分で言い切れた理由を女は理解できた。
たしかにこれほどの技があれば、'大概'の相手ならば初刀で絶命するだろう。
(それにしても…何故?)
女の中で一つの疑問が浮かび上がる。
どうしてこれほどの技を持っていながらこれまで使う事はしなかったのだろう?
このような場だからこそ、神経を集中させて攻撃を避ける事はできる。
だが、先日のじゃれあいの様な奪還劇の中でこのような動きをされればどうなるかは解らない。
切り札として今の今まで取っておいたのか…或いは…
そこでまた再びリーンの姿が視界から消えた。

避けられても避けられても止める事無く、自分の中にあった'力'を只管行使してリーンは斬り掛かる。
そんな最中だったがリーンの頭はある疑問で埋め尽くされていた。
(…何故、忘れていた?)
自分の中にずっとあった筈の'力'を。
神速で動き、時すらも越える事ができる神が与えたと言っても過言でもない程の途方も無い'力'の事を。
(僕は何故…忘れていたッ!!)
自らの不甲斐無さを呪い、それを晴らす先を腕に込め、再びリーンは女の喉元へと剣を振るう。
しかし、手ごたえは無い。女はまるで飛んできた羽虫を避けるように軽く頭を下げてそれを避けて見せた。
それと、リーンの中にはもう一つ別の疑問があった。
(何故…何故当たらない!?)
どれだけ剣を振るっても女には切っ先すら当たる事は無かったのだ。
それだけでは無い。女の避ける動きに段々と無駄が無くなってきているのが解る。
始めは大きな動きでリーンの剣撃を避けていた女だったが、今となっては最低限の動きでそれを躱して見せている。
(クソッ!!)
これまで、リーンはこのような状況に陥った事は無かった。
この'力'を手に入れてからリーンの戦いは常に初刀で終わっていたからだ。
(この女…一体何なんだ!?)
只者では無いという事は解っていた。
だが、まさかここまで規格外な存在だとは流石にリーンは思ってはいなかった。
ゾクり、とリーンの背中に悪寒が走る。
まるで自分が対峙している存在が恐ろしい化物の様にリーンは感じたからだ。
(だが…ここで諦める訳には!!)
僅かに震えを感じる自分にそう発破をかけて、リーンは更に'力'を使い斬り掛かる。
そして、リーンの悪寒は'力'を使えば使う程…更に大きな物へとなっていった。

(大分、解ってきましたね。)
休む間も無く繰り返される斬撃を避けながらも女の頭は至って冷静だった。
(この子の攻撃は基本的に急所に…それも特に多いのは首。次点で心臓という所ですか…本気で殺しに来てますね…)
繰り返される斬撃の中で女はリーンの攻撃の癖を見切り始めていた。相手が次に狙ってくるであろう場所はもうほぼ特定できる。
だが…
(避けるのは簡単ですが…いかんせん速すぎて反撃に出るのが難しいですね…)
瞬間移動では無いとは解っているが、リーンがしている事はほぼそれと同等だ。しかもそれを常時。
一瞬たりとも同じ場所に留まっていないリーンを捉えるのは不可能と言ってもいい。
だが、流石にいつまでもこんな事はしてはいられない。
(…こういう事すると、この子もっと怒っちゃいそうだからあまりやりたく無いのですが…)
内心で大きな溜息を付いて、女はそっと目を閉じた。

1振り、2振り、3振り、4振り…
この決闘が始まった時は半ば無意識に剣を振るった回数を数えていたリーンだったが、今はもうこれが何振り目になるかが解らない。
それほど時間は経っていないとは思うが、何度剣を振るっても展開は一向に変わる様子が無く、リーンはこの戦いを永遠に繰り返しているような奇妙な錯覚に囚われていた。
そして、また一閃…手ごたえはやはり無い。
女とすれ違うように振るったその一閃の中で、ふとリーンは女の顔を見た。
視線が交わる事は無かった、いやそれ以前に…
(コイツ…目を開けていない!?)
一体何時から?
そう思考しながらも、リーンは止める事無く剣を振るう。…やはり手ごたえは無い。
(クソッ!!!!!!!!いったい何処まで僕を小馬鹿にすれば気が済むんだこの女は!!)
女が想像していた通り…リーンは内心でそう大きな怒号を上げていた。
…本来ならば、そう感じる以前に『自分の'力'を行使した高速の斬撃を見ずとも避けられている』というあまりにも異常な自体に驚き、そして相手の技量を恐れるべきなのだろう。
だが、リーンはそうはならなかった。ただただ『自分が小馬鹿にされている』という事実に怒りを感じていた。
無論、相手が自分の大事な物を奪った盗人であるから、というのも勿論あるのかもしれない。
だが、それ以前に…
たとえ彼が一国の皇だったのであろうと。
世捨て人の様な、達観したような言葉をどれだけ吐いていても。
リーンはまだ10代半ばのただの'子供'でしか無かったのだから。

「ハアァァァ!!」
自分の怒りを吐き出すように声を上げてリーンはまた右手の剣で女の首へと斬りかかる。
そして、それと同時に…腰に提げてあった剣の鞘を左手に持ち相手の腰へと叩き込んだ。
今の女は攻撃を避ける時、最小限の動きしか取らない。
首元に剣が振られれば軽くしゃがむような動作しか行わない。
だが、それだけでは腰に向かって振られる鞘は避ける事はできない。
武器でもなんでもないただの鞘だが、リーンの速度で振られる鞘は十分すぎるほどの殺傷力がある。
直撃すれば死にはせずとも骨を折るぐらいの威力は間違いなくあるだろう。
そうなると、女は何があってもこの二つの攻撃を避けざるを得ない。
そして、この状況を'避ける'のならば女の取る行動は後ろへと飛ぶ、だろう。
だとすれば着地の際には僅かながらに隙ができる。リーンの速度ならばその僅かな隙を確実な勝機へと変える事ができる筈だ。
怒りに身を任せて半ば無意識に取った行動であったが、この行動はそれなりに有効な行動だったと言えよう。
…相手が普通の人間であったならば。

ゴッ、と鈍い音が聞こえた。
そしてリーンの左手には確かな手ごたえが感じられた。
だが、次に聞こえてくる筈の女の苦悶の声は聞こえてこなかった。
「なっ!?」
女はリーンの剣の攻撃を避けていた。これまで通り軽くしゃがむような動きで。
そして…リーンの鞘による攻撃は受け止めていた。自分の持っている剣を僅かに鞘から出し、その刀身で。
『不味い!』
リーンは即座に女から距離を離そうと動こうとした。だが…
『ッ!?体が動かない!?』
それもその筈だ。
リーンが左手に持った鞘は女の剣に深々と刺さりこんでいるのだ。
当然、それほどの速度を以って刺さりこんだ鞘はそう易々とは抜けはしない。それを離さないまま動こうとしても動けるはずが無い。
「チッ!!」
気づいた瞬間にリーンは左手を離そうとしたが…時既に遅し、リーンの視界は一瞬で反転する。
「ヌ…グゥッ!!」
リーンは文字通り瞬く間に地面に組み伏せられてしまっていた。

「く、クソッ!離せ!!」
組み伏せられながらもリーンはじたばたともがく。
だが、それは意味もなく買ったばかりの綺麗な服を汚していくだけにしかならなかった。
そして、不意に首元へと冷たい物が触れリーンはそれが何であるかを認識する前に動きをピタりと止めた。どうやら首筋に剣が触れているようだ。
「チェックメイト、です。私の勝ちですね。」
続いて頭上からそう朗らかな声が聞こえてきた。
「いやはや…ただの子供だと思って油断していました…流石の私も冷や汗を掻きましたよ。自分から決闘を申し込んだだけあります。貴方、お強いですね。」
ははは、と笑いながら話す女のその言葉を聞いて、リーンはまたしてもじたばたともがいた。
『油断していた?冷や汗を掻いた?ふざけるな!!お前は…涼しい顔をして…それどころか目を瞑っていたじゃないか!!』
女は別にリーンを煽ろうとしてそう言った訳ではなかった。無論、冷や汗を掻いたりはしなかったがリーンの技量を心の底から認めた上での賞賛の言葉だった。
だが…完膚なきまでに敗北したリーンにとって、そんな賞賛はただの煽りにしか聞こえなかった。
「クソッ!!クソォ…!」
途方も無い程の無力感がリーンを襲う。
国を失い、民を失い、友を失い…そして最後には大切な形見まで失う。
どうして自分が、どうして自分ばかりがこんなに失うのか。
こんなのは嫌だ。嫌だ。認めたくない。
そう、考えていく内にリーンは不意に、それを'思い出した'。
『そうだ…この'力'は何もこんな事をする為の力じゃない。』
死なない?とてつもない速さで動ける?それが一体なんだと言うのだ。
この'力'の真髄は…'時間を逆行できる'事じゃないか。
「ハハ…ハハハ…」
「…?どうかされましたか?」
力無く不気味に笑うリーンに、女はそう声を掛けた。だが、もうその言葉はリーンには届いていない。
『そもそも…この女に最初から出会わなかったらこんな事にはなっていないんだ…だったら出会う前まで時間を戻す!!』
それで何もかも解決だ。
形見は戻り、リーンはまた朽ち果てる場所を探せる。
リーンは再び'力'を使おうと眼に力を込めた。
体と意識が小さくなり、何処か遠い彼方へと引きづりこまれそうな感覚を覚える。これは'時間逆行'を行うとした時に必ず感じていた物だ。
『僕は国も民も友も失い守る事はできなかった。でも、これ以上大切な物を失ってたまるか!!』
一見、その願いは切実で、尊い物にも思えるだろう。
だが、その先にあるのは'本当に大切な物'を守れなかった自己嫌悪と破滅的な、死んだような生しか待っていない。
―本当にそれでいいのか?と、誰からでもなくそう聞かれたような気がした。
『…いいんだ…僕はもう…それでいいんだ…』
そうして瞳を閉じる。
そのまま意識の糸が切れそうになった瞬間…声が聞こえた。
『駄目だよ。リーン。』
それは友の、失った親友の声だった。
一体どういう事かと、問う前に…リーンの体にとてつもないほどの悪寒が走った。

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
不意に響き渡るその叫び声に女は思わず身を強張らす。
周囲の木々もそれに合わせるように騒ぎ始めた。恐らく、止まっていた鳥たちが驚いて一斉に飛び去って行ったのだろう。
あまりにも尋常ではない声を上げるリーンに、女は少し慌ててリーンに声をかけた。
「どうしたのですか!?大丈夫で…ッ!?」
リーンの体を起こした女が見たものは…右目からおびただしい量の血を流す彼の姿だった。

| 小話 | 19:05 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

英雄。11

―終わりの予兆はどこにあったのだろうか。
暗闇の中、遠くに見える炎と煙を呆然と見つめながら、リーンは思う。
あの場所には確かにあった筈だ、美しい国が。祖先が創り、父と母が守り、リーンが継いだ国が。
それがたった一夜にして、炎と煙に包まれた地獄に変貌するなど、誰が想像しただろうか?
風と共に聞こえて来る喧噪から逃れるようにリーンは耳を塞ぎ、うずくまった。
「こんなのは…夢だ…こんな事…ある筈が無い…」
ただただ、現実から逃げる様にリーンはそう呟く。
「こんな…こんな物の為に…!!」
右手にある'それ'をリーンは恨めしそうに強く握りしめる。
リーンの国には代々伝わってる国宝があった。
色は一切の濁りも淀みも無い、済んだ赤透明。そして形は一切の歪みがない球体。
狂気すらも感じる美しいその宝石は、人を魅了するには十分すぎる代物だろう。
だが…こんな小さな物の為に、こんなただの宝石の為に、自分の国は、民は…
「こんな物が一体何だっていうんだ!!!!!!!!!!!!!」
感情を抑えきれず、リーンはそう絶叫する。
'敵'は確かに、これを狙って自分たちの国へ攻めてきた。だからリーンは、これを持ってここまで逃げてきた。
本当は逃げたくは無かった。だが、友は言った。『皇が死んだら一体だれがこの国を治めるんだい?』と。
しかし、この状況になって思う。皇が生きていても、民が存在しない国に一体何の価値があるのか?と。
やっぱり、逃げるのでは無かった。たとえ死ぬ事になったとしても、最後まで民と共に、国と共にいるべきだった。
「あああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
死に場所すら失ってしまったリーンは、狂ったようにそう叫ぶ。
一体どうしてこうなった?敵国が攻めて来たから?どうして攻めて来た?
狂いそうな思考では、その答えはまとまらない。だが、これだけは言える。
こんな物さえ無かったら、こんな事にはならなかった筈だ。
何が国宝だ。ただ綺麗なだけのただの石じゃないか。
「こんな物!!!!!!!!!!!」
そして手に持った国宝を、守る為に持ってきた宝石を、全てを失う原因にもなった石を…地に叩きつけようとしたその時。
リーンの腹部に突如として鋭い痛みが走った。
「グァッ!?カッ…」
声にならない悲鳴を上げてその場にうずくまり、リーンは腹部に手を当てた。
湿り気を感じる、それも尋常では無いほどの。腹部から湧き水のように何か噴出している。
「あ…」
血だった。
(撃たれ…た…?なんで…?)
朦朧としはじめる意識の中でリーンはそんな事を考えていた。
しかしそれは考えるまでも無い。敵の目的の物を持って逃亡し、あのような絶叫を上げていれば気付かれない方がおかしな話だ。
だが、今のリーンにはそんな単純な答えにたどり着くことすらできなかった。ただ、理解できるのは溢れ出る赤の量。即ち、自身の死が近いという事だけだ。
(死…あぁ…でも…これでよかったんだ…)
もう、これ以上生きていても仕方がない。
国と民と共に自分も死のう。それで綺麗に収まる。でも…
(…こんなの…おか…し…い…)
そう思った所で、遠くからまた一つ弾けるような音が響き、鋼鉄は的確にリーンの心臓を穿いた。
それと同じくして、リーンの僅かに残っていた意識もそこで途切れた。

それから間もなくして、大木の上から影が一つ躍り出た。
顔はフードで隠れ、その表情は解らない。だが、眼前にある俯せに倒せた人間の姿を見て頷いた所を見ると、恐らく満足気な表情をしているのだろうと予想できる。
「雉も鳴かずば撃たれまい、とはよく言ったもんだな。」
そうひとりごちて、その人物はリーンの元へと近づき、その首筋へと指を添えた。
脈は感じない。確実に死んでいる。
それを確認し、今度は何かを握っているリーンの手を掴み、硬直しているその指を強引に開かせ、中から球体を取り出した。
―美しい。
それを見て、彼が思った率直な感想はそれだった。
―だが、それだけだ。
しかし、同時に湧き出た感情はこうだ。
こんな宝石の為が、国一つ滅ぼすほどの価値があるのだろうか?これは。
摘まんだ宝石の角度を変えながら、男は思案する。
だが、数秒ほど考えた所で男は首を振って思案を打ち切る。
「…俺には関係ないな。」
自分所詮、雇われただけの傭兵に過ぎない。
ターゲットの死亡を確認、そして目的の物の取得。
これで一生困らない程の大金が手に入るのだ。これ以上の詮索は無用だ。
―しかし、こんな小国に戦いを仕掛けるのにわざわざ傭兵を雇うのも、おかしな話だ。
戦うだけならば、雇い主の国の兵士だけで十分すぎるほど勝機はある。
実際、自分がやっていたのは戦いには直接参加せず、国の周辺の森に潜んで逃亡しようとした者を迎え撃っていただけ。
そんな人間が自分だけではなく何人も配置されている。
この国の人間を一人も残さず殺戮したかったのか、或いは…余程、この宝石を手にしたかったのか…
と、自分で言った傍から早速こんな思案をする自分に男は呆れたように苦笑した。
ともあれ、任務は完了した。後はこれを届けるだけだ。
そう思い、死体に背を向けて歩き出した瞬間、男の手の中の宝石に異変が発生した。
「なんだ…?」
宝石が突如として眩い光を放ち始めたのだ。
光は、段々と大きくなっていき、間もなく、目も明けられない程強い光を発し始めた。
―何だ?何が起きている!?
確認しようにも目を開けることができない。解るのは目を閉じても解るほど光が強く、激しく発生している事だけ。
しかし、それもそう長くは続かなかった。宝石は、やがて自分の光に耐えきれなくなったかの様に。
音を立てて、粉々に砕け散った。
強い光もそれと同時に消え、男はおそるおそる目を開ける。
「なっ!?」
目を開けると、粉々に砕け散った宝石があった。
驚いたのはそれだけではない。飛散した欠片は宙を舞って、一向に地に落ちる気配が無い。
まるで何かを探すように、その欠片は宙を舞い続けている。
己の光は失せたが、粉々になった欠片は月の光を反射して煌めき続けていた。
何故?どうして?突然の事に、男の思考は追いつかない。だが、確かに言えるのは、それが男がこれまで見て来た光景の何よりも美しいという事だけだった。
時が止まってしまったかの様な感覚に男は陥っていたが、やがて宝石だった物に変化が生じた。
欠片が動きを止めたのだ。
そして、それは…傍に転がる死体に向かって収束し―

「ッ!!!!!!!!!!!!!!!!?」
声にならない叫び声をあげ、リーンは目を覚ました。
呼吸は荒く、鼓動は聞こえてきそうな程高鳴っている。
今いるこの場所は、まだあの夢の続きなのでは無いかと警戒するようにリーンは周囲を見回したが…間もなく、ここは夢の続きでは無いと理解し、落ち着くように大きく息を付いた。
「…最悪だ。」
先ほどまで見ていた悪夢を思い起こし、リーンは微かな声で呟く。
あの夢は…初めて滅んだ日の夢だろう。そして、あの日が引き金になって…
そう考えていく内に、リーンの中で一つ疑問が思い浮かんだ。
「…僕は何をしてるんだ…こんな所で…」
父が残してくれた形見である剣。それが奪われた。何としても取り返さなければならない。
取り返して…取り返して…どうするのだろう?
リーンは、自分自身に生きようとする意志がもう無いという事は解っていた。
きっと、剣を取り返したその後は…死ねないこの身が朽ちる場所を探しに行くだけだろう。
だとするのならば、剣を取り返す事に意味はあるのか?
そもそも、国を救えなかった人間にあの剣を持つ資格はあるのか?
ならば―。
と、そこまで考えた所でリーンは思考を振り払うかのように大きく頭を振った。
『自分のこの先がどうであろうがどうだっていい。あれは…あの剣は僕の物なんだ。』
それが他人の手に渡り振るわれ、汚されていくのは我慢ならない。意味や資格もどうだっていい。
リーンがこの剣に固執する理由は、'皇'としてではなく、父の'息子'としての純粋な気持ちから来るものだった。
尊敬し、敬愛する父が残してくれた、たった一つの私物。それに固執するのは息子として当然な事だろう。
「絶対に取り返す。」
決意を固めるようにリーンはそう呟き。新しい自分の剣を腰に提げた。

部屋を出て食堂へとつながる階段を下りると、やはり女はここにいた。
食堂に居る。といった伝言を聞いたわけでは無いが、ここ数日の間はリーンが目を覚ましたタイミングでこの女は必ず食堂にいる。
そして、やはりそれは今日も変わらない様だった。
女は椅子に腰を掛け、新聞を読んでいるようだった。
どのような内容なのかは解らないが、時折軽く頷くような動作をしてみせている。どうやら興味を惹く記事が書かれていたようだ。
遠目からでも見て解るそんな女の様子にリーンは様々な感情が込められた溜息を一つつき、女の元へと歩き出した。
そして女も、テーブルに置かれたカップに手を伸ばした所で自分の方へと向かってくるリーンの姿に気付き、笑みを浮かべた。
「おはようございます。よく眠れましたか?」
「…。」
先ほど見ていた悪夢を引きづっている事もあり、特に他意は無いであろう女の質問がリーンは皮肉に聞こえ、少し不機嫌そうに鼻を鳴らして椅子に座った。
まぁ、眠った時間で言えば長い方なのでよく眠れた事は間違いないが、少なくとも目覚めは最悪だった。
「昨日の剣はどうですか?扱えそうですか?」
「…問題は無い。」
剣とは、もちろん昨日この女に買ってもらった剣の事だ。
あれから宿屋に戻った後、部屋の中で抜刀し軽く素振りをしてみた所、扱う分には問題無さそうだった。
それでも、今まで当たり前のように使ってきた剣と比べると明らかに重いと感じてしまうのだが…
「そうですか。ではとりあえず…朝食にしましょうか。」
女はそう言うと、テーブルに置かれたベルを軽く鳴らした。


朝食を食べ終えて30分ほど経った後、二人は宿屋を後にした。
今の現在地はヘネシスの町へ来る際に通った旧道…から更に外れた森の中だった。
旧道自体、人通りがあまり無いという事もあり道の舗装等はされている訳では無かったが、生い茂る草の中ある、剥き出しになった土が「通るべき道」を示していた。
だが、その道から外れた森の中は通るべき道も何も無かった。ただただ歩き辛く、時折水気を帯びた草に肌が触れる感覚が不愉快でたまらない。
下手を打てば戻ってくることすらできなくなりそうな場所だったが、女は迷う素振りも無くしっかりとした足取りで進んでいく。
こんな所の先に何があるのか。いい加減文句を言いたくなったリーンの気持ちを察したかの様に女は言った。
「旧道は人通りが少ないという話はしましたよね。なら、そんな道から更に外れた森の中はどうだと思いますか?」
「…誰も通らないに決まっている。」
「そういう事です。誰も通らないから大きな声を上げても気付く人はいませんし、何より…」
そこまで言った所で女は動きを止めた。後ろを歩いていたリーンが少し遅れて女の隣へ立つと、先ほどまでの鬱蒼した森の中にあるとは思えないような開けた場所があった。
「こういったあまり知られていない、うってつけの場所があったりするのですよ。」
確かに、これから行う事…すなわち決闘をするに置いてはこれ以上ない場所だろう。だがしかし…
『森の中にこんな場所があるとは…自然にできた物とは考えにくいよな…』
明らかに人の手が入っている。だが何の為に?
リーンが立ち止まってそんな事を考えていると、女はすたすたと歩き始めた。
「先ほども言いましたが…ここに近づく人は滅多にいません。叫び声をあげても誰も気付く事はありません。」
1歩、2歩、ゆっくりと歩きながら女はそう口にする。
口調こそは普段と変わらないが、そこにやや力が籠り始めてることにリーンは気付き、身構えた。
「…それから、もし仮にここに死体が一つ転がったとしても、数日の間は誰にも気付かれる事は無いでしょう。」
2人の間に静寂が訪れる。
遠くからは流れる川の音、近くからは長閑な小鳥の囀りが聞こえてくるが、2人の耳には恐らくそれは届いていない。
強い風が一つ吹いた。
木々を揺らし、それに驚いた小鳥達が一斉に飛び立つ。
周囲が一瞬にして騒がしくなったが、そのざわめきも長くは続かない。風が止んだ時、周囲から一切の音は消えた。
それを合図にしたかの様に女は、振り返る。
「遠慮は無用。殺す気で来なさい。」
振り返った女の顔にいつもの笑みは無かった。

| 小話 | 17:39 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

英雄。10

―次の日。
今日も同じように宿屋で朝食を取り、どさくさに紛れて剣を取り返そうとし…案の定それは失敗に終わり…2人は宿屋を後にして、ヘネシスの武器屋に訪れていた。
数々の剣や槍が立ち並ぶこの武器屋は確かに、女が言っていた通り品揃えがいい店だった。
だが、そんな場所で不満ありげに言葉を零す人間が一人。

「…本当にこれより軽い剣は無いのか?」
「馬鹿言っちゃいけねぇよ坊主。棒切れを振り回すのとは訳が違うんだぞ?」
「しかし…」
少し震えた手で剣を持ったリーンは、不満げにそう口にした。
「しかしもクソもあるものか!あー…アンタ、保護者の人だろ?悪いが、この程度の重さに音を上げるような坊主にゃまだ剣は早いと思うんだがねぇ?」
「なっ!ふざけ…」
明らかに小馬鹿にした店主の態度にリーンは思わず、大声で異を唱えそうになったが…女はその口を封じるようにリーンの前にスっと移動した。
「そうですねぇ…」
そう言って、女はリーンが手にしていた剣を軽々と片手で持ちあげて見せた。
「これ以上に軽い剣となると、確かになかなか難しいでしょう。」
「お前まで…!だって、僕のけんぐぅっ!!!」
再び大声を上げそうになったリーンの口を、女は今度は本当に塞いで見せた。
「すみません、すみません。」と、つい先日も見た困り顔も付けて。
「難しいですが…それはあくまで鉄製ならば、でしょう?」
柔和な笑みを見せながら女が言ったその一言は、武器屋の店主の肩眉を吊り上がらせた。
「…ミスリル製の武器ならって言いたいのかい?ハッ…こんな坊主にそんな大層なもんを買おうってのかい?」
「えぇ、本人がもっと軽い物を望んでいるようですからね。」
女は笑みを崩さぬまま、そう言った。
「勿論、ミスリル製の剣はあるにはある。だが、それがどんだけ価値があるかアンタなら解るだろ?」
「そうですねぇ…なかなか加工が難しい素材ですからね。まぁ、でも。」
そこまで言って、女は懐から美しい光沢を放つ、丸い物を4枚ほど取り出した。
「これぐらいのメルなら出せますが?」
「…驚いたな。アンタ、随分金持ちじゃねぇか。」
ただの旅人にしか見えない彼女がこれほどの大金を持っているとは、予想だにしていなかったのだろう。なるべく平静を装うように、店主は短くそう答えた。
そんな彼の様子を見てリーンは思考をする。
『あの金属…たぶんお金、なんだよな?あんな貨幣見たこと無いが…それに、メル?』
先ほどから店主と女の間で当然のように話が進んでいるが…そのどれもが、いまいちリーンはピンと来ない。
この女が出した光沢のある金属。それは恐らく通貨なのだろう…そして、メルは恐らく通貨の単位。
『…ここが自分の国からずいぶん離れた所にあるというのは、なんとなく理解していたが…あんな通貨を使ってる国あったか…?』
仮にも、1国の皇をやっていたリーンは、各国の通貨等はそれなりに理解しているつもりだ。
無論、世界中全ての国と交流がある訳じゃ無かったため、全てを知っている。と、言うつもりは無いが…まさか今になって自分が見たことも聞いた事も無い通貨が存在するとは思いもよらなかったのだ。
「金があるなら勿論売ってやるさ。…坊主、こいつを持ってみろ。落とすなよ?」
「え?あ、あぁ…」
そんなリーンの内心の困惑を無視するように、店主は一振りの剣をリーンに差し出した。
先ほどまで持っていた剣と比べて、かなり軽い。素材一つでここまで変わるのかとリーンは驚いた。だが…
『まだ、重いな…』
父の形見。即ち、自分が愛用していた剣。今は、この女が手にしている剣。それと比べるとまだ、この剣は重い。
もっと軽い物は…と、言いかけた時、リーンの持っていた剣はひょいと女に奪われた。
「これは…随分軽いですね。ここまでの剣は中々見つけられないでしょうね。」
「あったりめぇだ。コイツぁ家にある武器の中じゃ極上の一品さ…素人が使うにはもったいないぐらいのな。」
「…これ以上に軽い剣を探すのは間違いなく難しいでしょう。どうですか?気に入りましたか?」
まるで、リーンの思考を読んでいるかのように、女はそう彼に告げた。
「…あぁ、これでいい。」
そして、そう言われてしまった以上、リーンはそう言わざるを得なかった。
重いには重いが…これぐらいならまだ自分が扱える範囲なのは間違いない。そう自分に言い聞かせて。
「値段は白銀貨4枚だ。…だが、本当にいいんだな?言っちゃ悪いが子供のオモチャにするにゃいささか高い気がするがねぇ…」
「えぇ、問題ありません。それに、オモチャにさせるつもりはありませんのでご心配無く。」
「そうかい…まぁ、金が貰えるってのにとやかく言うのは野暮ってもんか…おい、坊主。」
「え?な、なんだ。」
「ほら、受け取れ。」
店主はぶっきらぼうにそう言って、リーンに剣を横向きにして突き付けた。
少し戸惑ったが、リーンはそれを受け取り腰へと提げる。
「ちゃんとこの姉ちゃんに礼を言えよ。それから、絶対にこの剣を無駄にするような真似すんじゃねぇぞ。」
「…あぁ。」
若干、不貞腐れたようにリーンはそう言った。
「それでは行きましょうか。お騒がせしてすみませんね。」
会計を済ませた女は、また柔和な笑みを浮かべて店主に会釈をし、リーンと共に店を後にした。

「…礼は言わんぞ。」
店を出て開口一番にリーンはそう言った。
「礼を要求するつもりはありませんよ。私が自分で決めた事ですからね。」
「ふん…」
飄々とした様子であっさり答える女にリーンは鼻を鳴らす。
その内心は『盗人の癖に…』という気持ちで一杯だった。そう、元はと言えばこの女が自分の剣を盗んだのが悪い。
悪いはずなのに…リーンの胸中には少しモヤモヤとした物が残っていた。
「それより、もう一軒行きたい店があるのですが、いいでしょうか?」
「行きたい店?…好きにしろ。」
「そう来なくては。さ、行きましょう」
そう言うと、女は少しだけ速足に歩きだした。
数分後、リーンは自分の迂闊な発言を後悔する事になる。

「わぁ…これも中々似合いますね…んー、店員さんこれ、どう思います?」
「え、えぇ…よくお似合い…ですね…」
「…。」
女が行きたいと言っていた店はどうやら服屋だったらしい。
最初は女が欲しい服でもあるのか、とリーンは思っていたが…どうやらそれは違ったらしく、リーンの為に服も買ってやるという事だった。
最初は面倒だった事もあり、リーンは断ったが、女の勢いに押し切られてしまった。事実、リーンの着ていた服は所々穴は開いているしボロボロだった。
道を歩く時は女が手渡してきた上着を着ていた事もあってそれほど目立ちはしなかったが、それでもみすぼらしい恰好である事に変わりは無い。
だが…いざ、服を選び始めると…
「あ、でもこっちの服も中々似合いそうですね。このズボンと組み合わせれば…」
そう言って女が手に持ったのは赤を基調にしたチェック柄の服と濃い緑色をしたズボン。リーンからして見れば、この組み合わせはハッキリいって論外な物だ。
どうやらこの女、色彩の感覚が常人のそれとはかなりかけ離れているようだった…始めはリーン自身の感覚がおかしいのかと思っていたが、店員の反応を見る限りそれは無いようだ。
とにかく、先ほどから何回も服を持ってきては脱がせ、持ってきては脱がせ…とやっていたが、その悉くがリーンが不快に思うような色の組み合わせの服をピンポイントで持ってきていた。
「…。」
もう何かを言うのも疲れたリーンは、放心したような顔で店員の顔を見た。
そんな様子を見て哀れに終わったのだろう、店員は女にそっと声を掛けた。
「お客様が選ぶ服ももちろん素晴らしいと思うのですが…やっぱりここは着る方に選んでもらうのはいかがでしょうか?」
「んー…まぁ、そうですね…色々な組み合わせは思い浮かんでるのですけど、このままじゃいつまで経っても決まらないですよねぇ…貴方、どれか気にいった服はありましたか?」
『色々な組み合わせって…こんなゲテモナな組み合わせが、まだ思い浮かんでいるのかよ!冗談じゃ無いぞ…』
この女に服を選ばせるのは危険だ。それだけは理解したが彼自身は別に服に拘りがある方では無い。
国にいた時は皇としてそれなりの服は着ていたが、基本的には「見れる程度の物ならなんでもいい」というのがリーンの服に対する考え方だ。
少しばかり辺りを見渡しても、すぐに選べそうに無いと悟ったリーンは店員にこう告げた。
「あー…そうだな…えーと、店員さん…すまないが僕の背丈に似合いそうな服を適当に見繕ってもらえないだろうか?」
「かしこまりました。少々お待ちを。」

少し待った後、店員が持ってきた服は青いジーンズに白いTシャツ、それと黒のカーディガンの3着だった。
派手すぎず、地味すぎず…それでいて思ったより動きやすい服にリーンは驚いた。
「最近の若い冒険家の方にも人気な組み合わせなんですよ。魔物との戦闘にも耐えうるよう、丈夫且つ動きやすい生地でできています。」
「へぇ…これは確かにいいな……うん、これがいい。」
「ありがとうございます。」と、店員は言ってみせたが、ふと女の方を見ると少々気に入らないといった様子でこちらを見ていた。
「本当にそれでいいのですか?…誰かに選んでもらうぐらいなら私が選ん…」
「あー本当に!本当にこれで大丈夫だ!これが気に入ったんだ!」
これ以上ややこしい事になる前に、女の言葉を遮ってリーンはそうヤケクソ気味に言った。
その大声に女は少し気圧されたような様子を見せたが、すぐに苦笑した。
「解りました。すいませんじゃあこの服をお願いします。それから、このまま着て行ってよろしいですかね?」
「えぇ、大丈夫です。えーと、服が3点で…料金は2万メルとなります。」
値段を聞いた女は財布の中から銀貨4枚を取り出し、それを店員に渡した。
「ありがとうございました。」と、店員が頭を下げ…た瞬間、女は「あっ!」と声を上げた。
「これ!この帽子いいじゃないですか!」
そう言って女は壁に掛けたあった帽子を一つ手に取った。
青が基調でつばは黒。そして、大きく「H」と刺繍がされている帽子だった。
「ほら、今の服装とも合いますし。」
そう言って、女はリーンに帽子をそっと被せた。
帽子を被らされたリーンは鏡で自分の姿を確認したが…小奇麗なこの服装に合ってるとは思わなかった。
だが…
「ね?いいでしょう?」
「…あぁ。」
そう満面の笑みで言って見せる女を見て、何も言い返す事はできなかった。
そして、にこやかな笑みのまま会計の続きをする女の背中を見て、リーンはハァ、と大きくため息を一つ。
『まぁ、ゴチャゴチャいって下手なもん着せられるよりはいいか…まだ、見られるレベルではあるしな…』
リーンは少しでも見栄えが良くなるよう帽子を横向きにし、そう思った。

| 小話 | 11:39 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

英雄。9

―父と母が急逝して、今日で丁度1週間。
ファレンス皇国の皇帝と皇妃が同時に失われたこの悲劇は、当然ながら民にも衝撃的な報せだった。
事故、だった。皇と皇妃が隣国へ出向いたその帰り道、二人を乗せた馬車が崖から落下した。文字に起こせばたったこれだけの話だが、それが起こした騒乱は筆舌尽くし難い物だった。
嵐のようなこの一週間だったが、今日になってようやく少し落ち着きの様な物が見え始め、リーンは漸く、こうして落ち着いて父と母の墓前にやってくる事ができたのだった。
『ファレンス皇国を愛し、民を愛し、そしてファレンス皇国に愛され、民に愛された偉大な者達に安からな眠りを。』
そう刻まれた墓石に手を当てて、リーンは祈りながら目を閉じた。
「父上、母上。この国は僕が、必ず…」
言葉を言い終える前に、リーンは口を紡ぐ。
『真なる決意は口にすれば軽くなる。』
父によく言われた言葉、それを思い出したからだ。
(行こう…明日からはもっと忙しくなる。)
閉じた目を開いて、振り返ると少し離れた所に青年が一人立っていた。
「カノン。」
カノンと呼ばれた青年は、軽く手を上げた。…その表情は複雑な物だった。
リーンに対して、どう接すればいいのか、どう声を掛けるのが正解なのか解りかねているようにも見える。
「もう、いいのかい?」
カノンはリーンにそう優しく声を掛けた。
「あぁ、大丈夫だ…。」
「…君の父上と母上…いや、陛下と皇妃様の事は、本当に…残念だった。」
まるで自分の父と母の事のように、悲しそうにカノンはそう言った。
心の底から自分を想ってくれている彼を安心させるように、リーンは首を横に振った。
「本当に大丈夫だよ。…それに、明日から忙しくなるんだ。いつまでもこうしては居られないよ。」
「そっか。じゃあ、もうリーンは正式に皇帝陛下になるんだね。」
「だからって、'陛下'だなんて堅苦しい呼び方、お前はしないでくれよ?」
リーンはそう言って軽く苦笑した。それを見て、カノンも少し安堵し、同じように苦笑して見せた。
カノンはリーンの幼い頃からの友…親友と呼べる存在だった。
生まれも、身分も全く違う二人だが、そういった物を一切感じさせない'距離'が二人の間にはあった。
「明日、戴冠式が行われる。それで僕は正式に皇帝になる…でも、お前にはこれまでと同じように僕の友でいて欲しい。」
「勿論だよ、リーン。」
少しばかり、頬を紅潮させてそう言ったリーンに、カノンは優しく微笑みながら言った。
先ほどのような苦笑では無く、優しい、本当に優しい微笑みだ。
根っからの善人で無いと、きっとこのような表情は作れないだろう。リーンはそう思う。
「それで…だな、お前さえよければ明日から僕の専属の執事になって貰いたいと思ってるんだが……って、たった今言った事と矛盾してるか…?これは。」
「ははっ、執事として、だけどそれ以前に友として。って事かい?」
「そう、そんな感じだ。…どうだろう?」
「うん、僕でよければ。喜んで力になるよ。」
悩む素振りも見せず、カノンはそう答えた。
それを聞いて、リーンは安堵したのか、少し声を張り上げ、言う。
「…よかった!有難う、カノン。」
正直、これから先の事を思うと、リーンは不安で心が押し潰されそうだった。
だがそれでも、友が傍にいるならきっとどうにかなる。気休めでしか無いかもしれないが、その気休めがとてつもなく愛おしい。
「リーン。一つだけ、いいかい?」
消沈していた友が少し元気を取り戻してくれて嬉しい…嬉しいのだが。
カノンは一つだけ気掛かりな事があった。
「君は…泣かないのかい?」
「…。」
言われてみれば、リーンは父と母が亡くなったにもかかわらず、全く涙を流していなかった。
いや、そう言うより…
「泣いている時間なんて、無いよ。」
父と母が、皇と皇妃が亡くなったという事は次の皇は自分だ。
涙を流している場合なんかじゃない、そんな姿を見せれば民を不安にさせるだけ。
そう直感していたのだろう、だからここまで涙を流す事は無かった。
「君が考えている事は解っているつもりだよ。でも、せめて僕の前でぐらい…そういう姿を見せてくれてもいいんだよ?」
「カノン…」
「リーンの考えている事は本当に立派だよ。でも、涙を見せない強さは諸刃の剣でもあると思うんだ。感情を封じ込めれば…その内に心まで封じ込めてしまう、そんな気がするんだ。」
自分の事を本当に真摯に考えてくれている、その気持ちが痛いほどリーンに伝わってくる。
だが、それでも。
「…でも、僕が悲しい時はお前が泣いてくれるんだろう?」
そう言われて、カノンは自分の瞳から涙が溢れている事に気が付き、それを指で拭いた。
それを見て、リーンはそっと微笑む。
「なら、大丈夫さ…行こう、カノン。」
例え、涙を流せなくなったとしても。自分の為に涙を流してくれる友が傍に居てくれるなら。
きっと、きっと大丈―




「ッ!?」
飛び起きる。日はとっくに落ちており、周囲は闇で覆われていた。
「夢…か。」
リーンはそっと溜息を付く。
いっそあれが夢では無く現実ならば…そう思った瞬間にリーンは首を振り考えるのをやめた。
(結局、何も変わりはしない…)
それはもう解りきっている事だ。だって、何度もやってきた事なのだから。
「ィツツ…」
ベッドから起き上がろうとした時、腰の辺りに痛みを覚える。
その痛みでぼんやりとしていたリーンの思考は徐々にクリアな物へとなっていった。
(確か…森に入って…魔物に襲われて…)
あの、女に思い切り蹴飛ばされた。尤も、それは自分に飛び掛かる魔物から守る為だったのだが。
複数の魔物に囲まれていた筈だったが、女はそれをあっという間に蹴散らし、何事も無かったように自分の元に来たのはなんとなく覚えてはいるが…
そこから先の事は疲れと痛みであまり覚えていない。
いつここに来て、いつから眠っていたのかもいくら思い返してみてもサッパリだった。
それから少し間を空けて、リーンは、ハァと大きく溜息を付いた。
冷静になって考えてみると…正直、女から剣を取り返すのは難しいのでは無いかと思い始めたからだ。
森の中で、どれだけ必死に飛びかかってもリーンの手は剣どころか、女の体にすら触れる事ができなかった。
女だから、と決して手は抜いていない。全力で飛び掛かったり、緩急を付けたり、フェイントを入れてみたりと自分ができうる事をやったつもりだ。
だが、それでも届かなかった。それどころか汗一つ女は流していなかったでは無いか。
(力づくで取り返そうとしても無理、か…)
そう思い至り、リーンはまたしても溜息を付いた。
(そういえば、昔似たような事があったな…)
かなり昔の話、リーンがまだ10歳にも満たない子供の頃の話だ。
皇族出身であるにもかかわわず…いや、寧ろ皇族出身だったからだろう、リーンは学校で嫌がらせを受けていた時期があった。
皇の子供に嫌がらせ等、大人からすれば考えられない事だが、年端のいかない子供にそんなものは通用しない。
確か、その日は体格の大きい子供に自分の筆記用具を盗られたのだったか…確かそんな理由だった気がする。
そして、リーンは何を思ったかその子供にこう言い放ったのだった。
『お前に決闘を申し込む!!』
と。そう言った時にカノンの驚いた顔だけは今でもよく覚えている。全力でそれを止めていた事も。
それから棒きれを手に取ってその子と決闘…という名の喧嘩が始まって…体中傷だらけになって何とかそれを取り戻したのだった。
(あの後が確か大変だったんだよなぁ…向こうの両親が父上に打ち首覚悟で謝罪に来て…僕は僕で父上に『私情で民に手を出すとは何事か!!』と叱られて…)
今にして思えば、あの時カノンが止めていたのはこうなる事が解っていたからだったのではないだろうか?と、今更になって友の真意を理解した。
懐かしい記憶にふっと、笑みが零れそうになった瞬間、
(そうか!)
リーンは何かを思い立ち、体の痛みも忘れて部屋から飛び出した。

「はぁ…決闘、ですか。」
「そうだ。」
場所は変わって女が休んでいた宿屋の一室にリーンはやって来た。…やって来たというより廊下で『何処だ!いるんだろう!?』と騒ぎ立てるリーンを慌てて女が部屋に連れ込んだというのが正しいが…閑話休題。
「決闘というからには武器を使って、という事ですよね?貴方、他に武器があるのですか?」
「そんな物は無い。だから僕に武器をよこせ。」
当たり前の様にリーンは女にそう言った。
そんな尊大なリーンの態度に女は何とも言えない表情をして見せた。
「言っておきますが、この武器は渡しませんよ。」
そう言って、女は腰に提げているリーンの剣にそっと手で触れた。
まぁ、そんな事は言われずとも解っていた話だ。
「別にその剣じゃなくてもいい、なんでもいいから僕に剣をよこせ。それで構わない。」
「ふーむ…」
決闘を申し込み、挙句の果てには武器はそっちが用意しろというリーンの言い分は支離滅裂だ。
だが…リーンのその表情を見て、女はそっと笑みを浮かべた。
「解りました。なら明日は武器屋に行きましょう。幸い、ヘネシスは栄えている町です。きっといい物もあるでしょう。…ちなみに貴方、剣の腕に覚えがあるのですか?」
「当然だ。」
力強くリーンはそう答える。実際、皇族の教育の一環として剣技は昔から叩き込まれている。
だからこそ、リーンは剣を持った逃げ場の無い1対1の戦いなら勝機があるのでは無いか、と踏んだのだから。
「よろしい。では、明日の朝…朝食を食べた後に武器屋へ行きましょう。」
「あぁ、分かった。…逃げるなよ?」
「ご心配無く。決闘から逃げるのは剣士の恥ですからね。」
「…盗人風情がよく言う。」
そう言われ、女はハハハと軽く笑って見せた。
その様子を見て、リーンは小さく鼻を鳴らし、そのまま部屋を後にした。
「…少し、表情が生き返りましたかね。」
女は一人、そっと呟く。
表情も心も全てが死んだ様に思えた少年が、ようやく生きた顔を見せたのだ。それがたまらなく嬉しかった。
「さーて、明日からまた少し忙しくなりそうですね。」
そう呟いて、女は部屋の明かりを消した。

| 小話 | 01:42 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

| PAGE-SELECT | NEXT

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。