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英雄。22

(英雄…か。)
リーンは頭の中でそう独り言ち、読んでいた本を閉じる。
静寂に満ちた図書館の中は、その「ぱたん」と言う音も大きく響いた。カニングシティーのこの図書館は彼是5回ほど利用しているが、秘書を除けばここで自分以外の人間は見た事が無い。
2階から見えるエントランスを覗き込むと、受付の秘書が堂々と机に突っ伏して眠っているのも目に入った。…実際、リーンがここに訪れた時も彼女はああして眠っていた為、リーンはもう勝手に中に入ってこうして本を物色している。
元より、何かしら本を持ち出すつもりは無かったので、司書が眠っていようが何していようがリーンの知ったことでは無かった。その勤務態度はどうかとは思うが。
(…。)
先日の宿屋での一悶着からどれくらい時間が経っただろうか。
リーンがこの図書館に通い始めたのは"この世界の大まかな歴史"と"次元の図書館"について調べたいという気持ちが大半を占めていたが、最近の調べ事はもっぱら一つに集中している。
それは"先の大戦"…もっと言えば、その先の大戦で活躍した"英雄"達についてだ。
どうしてそれを調べようと思ったのか。それはリーンが英雄という存在に少なからず憧憬を抱いている事もあったが、なにより大きかったのが彼等を侮辱された時にあのフレイヤが隠し切れないほどの怒りを見せたからだろう。
世界を救った英雄だけに彼等がどんな人物だったのかは調べるのはそう難しくは無かった。多少、盛っている部分もあるだろうがいくつかの文献を読み、それらを統合すれば彼らの人物像はある程度は把握ができた。


『古の英雄・メルセデス』
エウレルと呼ばれるエルフ達の国に君臨する女王。
気高く、美しい彼女は女王でありながらエルフ族で随一の弓の使い手だった。
"先の大戦"より遥か昔、闇の魔術師が世界を危機に陥れた際、仲間たちと協力して魔術師の封印に成功。
魔術師が最後に放った呪いにより、"先の大戦"が起こる直前まで国ごと氷漬けにされてしまっていた。
…"先の大戦"の最終決戦の際、裏切り者『ヨシュア=カルセム』の手によってその首を刎ねられ戦死。


『古の英雄・アラン』
マッハと呼ばれる神具の鉾を使いこなす女性。
大胆不敵、豪快奔放。彼女の性格を一言で言い表すならばそれが一番しっくりくる。
古の英雄達の中では彼女が一番力が強かった事もあり、常に最前線で戦う切り込み隊長の様な存在だった。
"先の大戦"より遥か昔、闇の魔術師が世界を危機に陥れた際、仲間たちと協力して魔術師の封印に成功。
魔術師が最後に放った呪いにより、"先の大戦"が起こる直前まで氷漬けにされてしまっていた。
……"先の大戦"の最終決戦の際、裏切り者『ヨシュア=カルセム』の手によってその首を刎ねられ戦死。


『古の英雄・ファントム』
彼は元々、遥か昔に世間を騒がせた大怪盗だった。
どのような強固な要塞であっても彼に掛かれば、無人の廃墟に侵入するのと変わりはない。
様々な場所から金銀財宝を盗んだ彼だったが、盗んだ物で私腹を肥やす事はあまりせず、大半は貧しい人々にその富を分け与えていたと言う。
…一説によると、メイプルの女王であったアリアの恋人でもあり、彼女が闇の魔術師に殺された事が彼を戦いの地に立たせたのではないかと言われている。
魔術師が最後に放った呪いにより、"先の大戦"が起こる直前まで氷漬けにされてしまっていた。
………"先の大戦"の最終決戦の際、裏切り者『ヨシュア=カルセム』の手によってその首を刎ねられ戦死。


『古の英雄・ルミナス』
オーロラと呼ばれる、光の魔術を研究する施設の研究員の一人。
星の子と称される程、光魔術の素質が高くオーロラ内でも非凡な成果を上げていた。
闇の魔術師は元より、オーロラの創始者であった人間の成れの果てであり、その存在を消し去る事は自分の使命だとよく語っていたと言う。
魔術師が最後に放った呪いにより、"先の大戦"が起こる直前まで氷漬けにされてしまっていた。
…………"先の大戦"の最終決戦の際、裏切り者『ヨシュア=カルセム』の手によってその首を刎ねられ戦死。


『古の英雄・隠月』
この世界ではあまり馴染みの無い精霊術、そしてそれを駆使した格闘術を使いこなしその戦闘力の高さはアランと双璧を成していた。
古の英雄の一人とされているが、彼に関する文献はこれまで一切存在しておらず、誰の記憶にも残っていなかったが、"次元の図書館"でその記憶を閲覧された事で、彼が過去にも英雄達と肩を並べて戦った事が明らかになった。
どうして彼の存在だけ忘却されていたのかは定かでは無いが、恐らく魔術師を封印する際に掛けられた呪いによる物だと言われている。
……………"先の大戦"の最終決戦の際、裏切り者『ヨシュア=カルセム』の手によってその首を刎ねられ戦死。


『新たな英雄・ティルフィング=モーガン』
"先の大戦"に結成された精鋭討伐隊の一人。
"次元の図書館"の知識を最大まで活用して作られた武器を扱い、千剣千銃と称される通り、刀剣や銃に始まりありとあらゆる武器を扱う事ができた。
世界を平和にしたいという思いが誰よりも強く、その存在は各々の個性が強かった新英雄達のリーダー、精神的支柱であった。
………………"先の大戦"の最終決戦の際、突如裏切り、古の英雄達の首を刎ねた『ヨシュア=カルセム』と対峙し、激戦の果てに勝利した。

現在は様々な所で魔物退治を請け負っており、世界中を飛び回っている。


『新たな英雄・ミゲル=マーティス』
"先の大戦"に結成された精鋭討伐隊の一人。
貧民街であるカニングシティー出身だったが、その出身地や普段の粗暴な態度からは想像できないほど鮮やかで、巧みな剣術を扱う事ができた。その見えぬ程の剣裁きから"時の剣"とも称される。
討伐隊結成前から、各地で開かれていた武術大会で幾度も無く優勝を果たしており、大金を稼いでいた。討伐隊に参加したのもその多大な報酬に釣られたからだとも言われていた。
そういった所から、金の亡者とも言われており討伐隊結成時は度々メンバーと揉め事を起こしていたらしい。
…だが、彼がそこまで金にこだわる理由は大病を患った妹の治療の為だった。
現代ではどれだけのお金を掛けても治る見込みの無かった妹だったが、"次元の図書館"の読み手達が討伐した暁にはそこで得た知識を利用して、妹を必ず治療させると約束したことが討伐隊に参加した一番の理由だったそうだ。

現在、どこでどうしているかは不明。妹の治療の為に人目に付きにくい場所に住んでいると言われている。



『新たな英雄・ユーリ=フレイム』
"先の大戦"に結成された精鋭討伐隊の一人。
ステイシスと呼ばれる、氷結魔術の新興研究施設の研究員の一人。
氷結魔術は他の魔術と違い、もう研究し尽された物として昨今はあまり注目もされておらず、使い手も少なくなってきていたが彼の手によってその評価が大きく覆された。
彼は新たな実戦的な氷結魔術を数々生み出しおり、更にその魔術の美しさから氷華繚乱とも称されていた。
真面目であり、規律を重んじる彼はミゲル=マーティスと度々衝突していたのだそうだ。

現在は再びステイシスで魔術の研究に勤しんでいる。最近は実戦的な魔術ばかりでは無く、美しく見る者を感動させるような鑑賞魔術も幾つか開発しており、大きな祝い事などに時折招かれその魔術を披露しているのだそうだ。



『新たな英雄・エヴァン=エルメス』
"先の大戦"に結成された精鋭討伐隊の一人。
古の英雄の中で唯一、呪いから免れる事ができた『ドラゴンマスター・フリード』。彼女は彼が契約していたオニックスドラゴンの王の最後の子孫である小竜の「ミル」と契約しており、そこからフリードの意志を継ぐものと称される。
討伐隊のメンバーの中では最年少であり、彼女自身は何の力を持たないただの少女だったが誰よりも優しく、慈愛に満ちていた彼女の存在は衝突の多かったメンバーのなだめ役でもあり一番無くてはならない存在だったと英雄達は語る。

現在は世界を旅して回っている。きっと今日もどこかの空を彼女と竜は飛んでいるのだろう。



(……。)
フレイヤが少し前に歌って見せたあの歌。
自分が調べて行くにつれて、あの歌の内容と史実にそう大差はないという事はすぐに解った。…ただ一点を除いて。
彼女の歌には一つだけ、語られていなかった事があった。もしかしたら、歌の先でそれについて語られているのかもしれないが…確実に言えるのは彼女はそれについて歌わなかった。…あえて歌わなかったのか、あるいは歌う必要が無いと判断したからか、それとも本当にあの歌では語られていないのかは定かではないが。


『裏切者・ヨシュア=カルセム』
"先の大戦"に結成された精鋭討伐隊の一人。
剣の名家、カルセム家に生まれ代々伝わる聖剣・フォルクヴァングに選ばれた正統後継者。
フォルクヴァングは初代カルセム当主が選ばれて以来、一度も選ばれた者が現れておらず、ヨシュア=カルセムが選ばれたのは数世代ぶりとなる。
礼儀正しく、調和を重んじる彼はメンバーと衝突することも少なく、すぐにメンバーから信頼されていったと言われる。
だが、最終決戦の際、突如として英雄達を裏切りメルセデス、アラン、ファントム、ルミナス、隠月の首を刎ね、ティルフィングに斬りかかり、返り討ちにされた。
この一件でカルセム家の名誉も地に落ち、数年前に当主であったニエルド=カルセムは病死。名実ともにカルセム家は没落した。

彼がいなければ、古の英雄達は犠牲にならず平和な世界を手に入れることができたのは間違いない。
我々はこの愚かな裏切者を許してはならない。


ヨシュア=カルセム。裏切者。
数多に存在する歴史の中で裏切者の存在というのは別段珍しい事ではない。
だから、リーンは英雄達の中に裏切者が存在したことにはさほど驚かなかったが…このヨシュア=カルセムという名に妙な引っ掛かりを覚えた。
どこかで聞いたことがある気がする、だが思い出せない。
そんな引っ掛かりを抱きながら更に調べていく内に、リーンはふいにそれを思い出した。
そうだ、自分はこの名を確かに聞いたことがある。
『る…さない…』
確かそれはカニングシティーに来る前に…野宿した日の時だ。
『ヨシュア…カルセム…』
たしかにフレイヤはそう言っていた。…寝言でだが。
寝言というのは往々にしてとりとめもなく、脈絡もない。
故に、寝言でこの名を出したからと言ってフレイヤとヨシュアが関係のある人物と結論付けるのは浅はかでしかない。
ましてや、このヨシュア=カルセムという人物は有名人だ。悪い意味で、だが。
だと言うのに…どういう訳かリーンはこの二人の関係が気になって仕方なくなった。
直接聞くのが一番早いだろう、だがフレイヤは仮に本当に関係性があったとしても「考えすぎです」の一言で終わらせるのは目に見えていた。
…フレイヤは自分の過去を語らない。直接聞いた事はなかったが、リーンはそれを確信していた。…直感でしかないが。
しばらく、ヨシュア=カルセムについて書かれている本のページを開いて固まっていたリーンだったが、やがて溜息を一つ吐くと本を閉じた。
(帰るか…)
机に散乱させた本を一つ一つ棚に片付けて出口の扉を開けた時、その音で司書が目を覚まし慌てたように起き上がったのが目に入ったがリーンは何も言わずそのままリーンは図書館を後にした。



とぼとぼとリーンはカニングシティーの道を歩く。
時刻はちょうど黄昏時。リーンが一番この町が美しくなると言っていた時間だ。
だというのに、リーンの表情は上の空だった。
(…。)
ヨシュア=カルセム。リーンの胸中はその名で埋め尽くされている。
リーンはどこか彼にシンパシーに近い物を感じていた。名家の子として生まれ、偉大な父や祖先の元で育ったであろう男。
そのような男が、どうして裏切ったのか。それが解らない。
当然と言えば当然なのだが、彼はこの世界では忌み嫌われている存在だ。
リーンはこの世界についてよく知らない。過去に一度魔術師を封印した古の英雄達の偉大さは理解できるが、この世界の人間では無いリーンには…悪く言えば全くもって尊敬の気持ちが無い。
故に、リーンはヨシュアの事はそれほど嫌いにはならなかった。…自覚していないだろうが、リーンはこの世界の歴史を物語感覚読んでしまっている節がある。リーンからすればヨシュアは寧ろ、物語を彩る重要な悪役の一人ぐらいの気持ちでしかない。
そんなヨシュアとフレイヤ。二人の関係は何なのか。
聞いても本当の事は答えてもらえないだろうし、そもそも関係があると決まった訳では無い。
仮に聞いたとして「考えすぎ」の一言で終わらされ、その言葉が本当だとしてもリーンはそれを信じられないだろう。
リーンはヨシュアとフレイヤは絶対に何か関係があると何の根拠も無い確信を持っていた。少し考えれば愚かしい発想だと解りそうな物だというのに。
この疑問の回答は得ようがない。…正確にいえば"リーンが納得できる回答"だが。
「ヨシュア=カルセム…か…」
胸中に溜まったもやを吐き出すように…気が付けばリーンはその名を声に出していた。
そしてその直後に…リーンの服が突然強い力で下に引っ張られた。

(なんだ!?)
急に引っ張られ、リーンは自身を引っ張った何かを振り払うように前に飛び、振り返った。
そこには男が一人いた。うつ伏せになって倒れ込んでいたその男は、死んでいるようにも思えたがやがて虚ろな顔をリーンの方へと向けると這いながらとは思えないほどの速度でリーンの元へと近づいてきた。
「お前…今呼んだ…よな…俺の名を……ヨシュア=カル…セム…って言ったよ…なァ…」
「は?」
「呼んだよな。なぁ…あんた…俺を知ってるんだろ…ヨシュア…カルセムを…教えてくれよ…俺がヨシュアなんだろ…?俺が…おれ…俺って誰だ…なぁ…」
ここでようやく、リーンに縋りつきながら物を言うこの男が、ここ数日の間にずっと路地裏で座り込んでいたあの男であるという事が解った。
死んでいるとすら思えるほど微動だにしていなかったあの男が突然、動き始めた事にリーンは驚きを隠せない。
「なぁ…教えてくれよ…俺は誰だ…おれはヨシュアなんだろ…?おれって…お?れ?ヨシュア?だれだ…おまえはヨシュア…か?だれだお前は…俺?誰って…なんだ?」
「…!!」
思わず悲鳴を上げそうになったリーンだったが、寸での所でそれを堪える。
自分に縋りつく男。力はそこまで強くない。振り払って逃げようと思えば逃げれるはずなのに足が動かない。
リーンは恐怖していた。得体の知れないこの男に。理解ができない言葉を吐き続け迫ってくるこの男に。
恐怖で足が竦むのは…何も力の差だけでは起こり得ないという事をリーンは理解した。
「な…あ…なあ…なあ…?なあななななあななななななあなあなななあなあなあなあなななななあなあああああああああああああああああああああああああああああ嗚呼アア嗚呼アアアア嗚呼あ嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼ああああ」
「や、やめろ…来るな…」
いよいよもって男の顔面がリーンの目前までに迫る。男の手はリーンの頭を掴んだ。
全てを飲み込みそうなほどの虚無感を湛えた男の目はリーンの心すらも飲み込んでいきそうだった。
その目を見ていられなくなり、リーンは逃げる様に目を閉じた…その時だった。
「リーン。」
その言葉と同時に、リーンの頭を掴んでいた手はいとも簡単に引きはがされる。
支えを失った男は少し大きな音を立てて再び地面へと突っ伏した。
「フレイ…ヤ?」
「リーン…行きましょう。」
「あ、あぁ…」
フレイヤは地面に倒れる男を見ようともせず、歩き始めた。リーンもそれに続く。
追ってくるのではないかと気が気でないリーンは幾度となく男の方へ振り返ったが、追ってくる様子は無い。だが、何か呻き声をあげているのは解る。
「ま…て…なぁ教えてくれ…俺は…俺は…ヨシュア=カルセムなんだろ?なぁ…なァ…ああ…ああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
静かな狂気を湛えた男の声。だが、フレイヤは意にも介さず歩くのを止めなかった。


キャラ紹介と用語集を更新しました。
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| 小話 | 16:45 | comments:3 | trackbacks:0 | TOP↑

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英雄。21

「…"次元の図書館"というのは何処にあるんだ?」
夕食の注文をし、それが運ばれてくるのを待っている間に、リーンはふいにフレイヤにそう話しかけた。
突如としてそんな事を聞かれたフレイヤは、呆けたような表情を一瞬見せ僅かに首を傾げる。
「どうしてそのような事を?」
笑顔ではあったが…フレイヤは何処か怪訝な表情をしているようにリーンは思えた。
まるで、聞いてほしくないような…答えたくないような…。そんな彼女の思いが伝わってくるのが直感で解る。
だが、リーン自身も好奇心は押さえられない。
もし、ここではぐらかされるようならば明日にでも図書館で調べるつもりだ。
だが…この世界を生きていて、尚且つ歴史にそれなりに詳しい人間がいるならば直接聞くのが一番解りやすいし手っ取り早い。
「この町…カニングシティーの文明はその"次元の図書館"という場所のおかげで飛躍的に発展したのだろう?どんな場所か気になるに決まっている。」
「…そうですか。」
臆面もなくそう言ってみせるリーンにフレイヤはため息交じりでそう答えた。
…実の所、『彼女がこの件について答えたくないと内心思っている』というリーンの予想は半分当たりで半分はずれだ。
"次元の図書館"というのはこの世界に生きている人間からすれば知ってて当然の物なのだ。
まともに教育を受けてきた人間であるのならば小学生でも知っているような知識だ。…"先の大戦"の事も含めて。
だが、リーンはその二つを知らないと言っている…『'先の大戦'について知らないのか?』問うた時には多少の動揺は見せていたが、今となっては開き直ったのか当たり前の様に聞いてくる始末だ。
(と、なると…やはりこの子は…)
フレイヤは何かに合点したように頷いた後、静かに口を開いた。
「…そうですね。何処から話せばいい物か………まず、何処にあるか?という事ですが、今は何処にもありません。」
「何処にも無い?」
「はい。次元の図書館に繋がる道は今は閉ざされています。もうどうやっても行くことができません。」
「…?」
言ってる意味がいまいちリーンには理解できなかった。
道が閉ざされている?何かしら原因があって…たとえば崖から崩れてきた岩が道を塞いでいるのならばその岩を除去すればいいだけの話ではないのか。
いや、それ以前に"何処にも無い"というのはどういう意味なのか。もう閉鎖して解体された施設だという事なのか。
様々な疑問が次々と出てきてどこから聞けばいいのか考えている最中でフレイヤは続けて言葉を紡ぐ。
「"先の大戦"時…突如としてメイプルワールドに復活した闇の魔術師の力によってこの世界は荒廃していきました…そして、その強すぎる力は次元すらも歪めてしまったのです。その結果として3つの'異世界'とこの世界は事故的に繋がってしまったんです。」
「異世界…」
「はい。まず1つはグランディスと呼ばれる世界でした。竜族と呼ばれる竜の翼と角が生えた人間達やレフ族と呼ばれる…我々の世界で言うところのエルフ族とほぼ同じ人間…この2つの人種が主にが住まう世界でした。そして、ジパングと呼ばれる大陸。人種は我々と大差ありませんが我々からしてみると異質な文化を持っている世界で……あぁ、こちらは複雑な事情があり、話すと長くなるので省略します。そして、3つ目の異世界…それが"次元の図書館"でした。」
そこで一度言葉を区切り、フレイヤは手元にあった飲み物を口運ぶ。
フレイヤは横目でリーンの姿を見たが…それほど驚いた様子は見せていない。じっとこちらを見て次の言葉を今か今かと待っている。
「…"次元の図書館"は不思議な場所でした。我々の住んでる世界やジパングやグランディスのように大地があり、自然があり、町があり、人々が住まう…そういう場所では無くただただ途方も無く広い図書館があり、中に司書が一人だけいる世界でした。」
図書館が一つの世界として成り立っている。その時点で異質なのは十分に解るが、リーンが知りたいのはそんな事ではない。
焦らされているような言い方に少し苛立ちを覚えつつ、リーンは続きを催促するように言葉を紡ぐ。
「…でもただの図書館という訳では無いのだろう?」
「はい、そうです。そこにある本はただの本ではありませんでした。一言で言えば…そうですね。ありとあらゆる世界に住まう人間達の記憶を本という形にし、閲覧ができる場所。と言えばいいのでしょうか。」
「…は?」
理解できない、と言うようにリーンは一言そう返した。
実際、理解ができないと言うよりかは、『そんな事有り得ない』という心境だったが。
「信じられないでしょうが事実です。どうして?どうやって?何の目的があり?…今でもそれは謎に包まれていますが、確かに言えるのは"次元の図書館"とはそういった場所だったという事のみです。………ありとあらゆる世界に生きる人間の記憶がそこにはあったので、当然ながらこの世界より遥かに文明が発達した世界に生きる人間達の記憶も本としてそこにはありました。ですので、我々はこの世界より科学が発達している世界に生きる科学者達の記憶を読み取り強力な武器を作り、武術が発達している国の猛者達の記憶から兵法や戦術を、魔術が発達している国ならば魔術師達の記憶から更に強力な魔術を生み出し…それらの力と9人の英雄達の活躍によって闇の魔術師を討伐する事に成功しました。」
「…信じられん…な。」
「この話を始めて聞いたのならば至極当然の反応だと思います。"次元の図書館"とこの世界が繋がった時、皆そのような反応をしていましたから。」
そう言ってフレイヤはまた口にコップを運んだ。
リーンもそれを真似するようにコップを口元に運ぶ。飲み物と共に言われた事を全て飲み込もうとしたが…上手くいかない。
到底信じられない事が多すぎて、むせるような感覚にリーンは陥っていた。
「…カニングシティーは元々住んでいた町を追われた犯罪者達が集まってできた町、今となっては彼等が犯した罪とは関係の無い子孫達が中心となってここに住んでいますが…そういった場所でしたので、当然ここをよく思う人間はいませんでした。しかし、闇の魔術師を討伐した英雄の1人ミゲル=マーティス…彼はこのカニングシティーの出身だったのです。彼の活躍によってこの町は"英雄を生んだ町"として脚光を浴び、人々の見識も変わりました。ですので今まで差別的な視線を向けて来たその謝罪も込めて"次元の図書館"で得た知識を優先的にこの町に還元しこの町に住む人たちの生活を良くしようという話になったのです。」
「…なるほどな。」
だとするのならば、あの路地裏に近づいた時に感じた…ある種の'恐怖'も納得ができる。
親が起こした罪とは無関係の子孫とはいえ、その子孫が何の罪を犯していないとは限らない。何より、この場所を聞いた行き場の無い犯罪者達が新たに集まってくる事もあるだろう。…治安などいいはずもない。
全うに生きようとする人間も中にはいるだろうが…こういう場所に住まう人間は食う物に困っているのが常だ。きっと何も知らずに訪れた人間が追い剥ぎに合うなんて事は日常的だっただろう。
フレイヤはそこまでは語らなかったが、言われずともリーンにはその辺りの事情は理解はできた。
「実際、こういう場所は意外と色々な場所にあるんです。ここまでの規模を持っているのはここぐらいの物でしょうが、鬱蒼とした森の中や険しい山を超えた先には小さな集落が所々に存在しています。…まぁ、世界も平和になったのでいずれは全ての集落がこの町のように住みやすくなっていくのだろうとは思いますが。」
「ハッ、どうだかな。」
突如として横からそんな声が聞こえ、テーブルの上にどん、と乱暴に何かが置かれた……食事だ。香りの良い湯気が立ち登っている。
そして、それを置いた人間…すなわち宿屋の店主の姿を見やると、見るからに不機嫌そうな顔で仁王立ちするように立っていた。
「随分と聞こえのいい事言ってるがな。結局の所、この町はよく解らない他の世界の技術の実験台にされてるだけじゃねぇか。それまではここを町とすら認めて無かった癖によ…お偉いさんってのはいつもそうだ、綺麗事ばっか吐いて自分たちの利しか考えてねぇ。権力振りかざすクズ共の集まりだ。」
「…何だと?」
リーンは聞き捨てならなかった。
この世界の事は自分には関係ないが、立場が上の人間に対する店主の侮蔑の言葉が…まるで皇であった父を侮辱する言葉に思えたからだ。
そんなリーンを小馬鹿にするように店主は更に挑発するように言葉を続けた。
「てめぇみたいなガキに何が解る?ロクに歴史も知らねぇようなガキがよ。…それにその肝心の英雄様のミゲル=マーティスは何処にいった?あの小僧は魔術師倒したと思ったらそそくさとこの町出て行ったじゃねぇか。そうだろ?なんだかんだと言っても外の連中がこの町を見る目なんざ一切変わってねぇ。こんな薄汚ねぇ町なんぞ発展しようが無くなろうがどうでもいいと思ってる。クズ共の集まりのお偉いさんだって、英雄様だなんてチヤホヤされてる奴等だってみんな一緒さ。」
「きさ…ングゥ!」
食ってかかるようにと立ち上がろうとしたリーンをフレイヤは片手で口元を抑え込み強引に止めた。
少し俯いた後、フレイヤは笑顔を店主に向けた。
「…そうですね。技術の実験台、たしかにそれも否定はできないでしょう。特に貴方のように長くこの町に住んでいる人間からすればこの状況は素直に喜べはしないでしょうね。」
この宿屋の店主は生まれてからずっとカニングシティーに住んでいる人間だ。
治安も悪く、常に食う物に困る。時折、迷い込んだ冒険者達が追い剥ぎに合い、時として殺し、殺されたりするのが日常的だった。
追い剥ぎの標的になるのは何も冒険者たちに限った話では無い、何か食べ物を持っていれば、少しでも綺麗な布を纏っていよう物なら即座に奪われたりすることも無い訳では無かった。
だが、それでもこの町に生まれたことに大しての誇りは持っていた。
治安が悪く、たとえ同じ町に住む人間同士でも時には敵になる事もあったが、それは生きる為には仕方が無かったのだ。それに…そんな中でも親切にしてくれる人間も確かにいた。
他の町のように腕の立つ冒険者が常に居てくれる訳では無かったので、魔物達が襲撃してきた時には町全体が一丸となって立ち向かう事もあった。
吹き溜まりの町、犯罪者の町。そう言われるのも仕方が無い事だったのかもしれないが…そんな言葉を投げかけ続けた人間たちが掌返して、耳障りのいい言葉を吐きながらこの町を好き勝手に弄繰り回していくのが彼は不満で仕方なかった。
「貴方の気持ちは…なんとなくですが解ります。同じ立場なら私も不満を口にしたでしょう。ですが…仮にも世界を救った英雄達に対してのその発言は私はどうかと思いますね。」
フレイヤがそこまで言った瞬間、リーンは身が凍るような思いがした。
フレイヤの口調も表情もいつもと変わらない物…の筈だ。だが…
「彼等が闇の魔術師を討たなければ、この町どころかこの世界そのものが滅んでいた可能性あります。それに、ミゲル=マーティスが今、この町にいない理由…それは妹の病気を治す為に別の場所で養生する事になったからでしょう。その辺りの事情は長くこの町に住んでいる貴方の方がよっぽど詳しいはずですが?」
リーンが感じている思い。それは店主も同じだったのだろう。
あそこまで威勢よく声を上げていた店主も何も言えずにただこちらを見ているだけだ…よく見ると額から汗が噴き出しているのも見える。
(…怒っている…のか?)
普段、あれほど減らず口をリーンが叩いても起こる素振りを見せないフレイヤが確かに怒っている。
共に行動し始めてそれなりに時間が経っているが、こんなに怒っているフレイヤを見たのはリーンは初めてだった。
「チッ…」
店主は観念したのか、舌打ちだけすると後は何も言わずにおずおず厨房へと引っ込んだ。
その背中をなんとなくリーンは見送り、少し間を空けてフレイヤの方へと視線を向けた。
フレイヤは無表情で卓上の料理をただ見つめているだけだったが、リーンからの視線に気づくとすぐに笑顔を見せた。
「…さ、食べましょうか。冷めると美味しくないですからね。」
「…あぁ。」
そこでようやくリーン達は遅い夕食を摂ることができた。

(…英雄、か。)
食事を食べながらリーンは先ほどの一幕に出てきた言葉を一つ思い返す。
英雄。それはリーンが物語の中でよく見て来た言葉だ。
世界が危機に陥り、それを解決した人間を、登場人物達は皆'英雄'と称えた。
'英雄'そのものは現実にも存在しうる者達だったが、リーンの国は長年平和な時代が続いた為か、そういう呼ばれ方をする人間は久しく現れていなかった。
故に、'英雄'という存在も物語の中だけの架空の存在だと思ってしまっている節があった…だが、この世界には'英雄'と呼ばれる人間が確かに存在している。
リーンは物語の中でも英雄譚という物は特に好きな部類だった。数々の困難に見舞われ、時として何かを失いながらも仲間達と協力しながら最後は勝利を飾る…そういう存在にリーンは憧憬のような物を抱いていた。
(少し、気になるな…)
次元の図書館もそうだが、時間があればその辺りも調べてみるのも悪くないかもしれない。
そう思った矢先に、テーブルの上にどん、と再び何かが乱暴に置かれた。
「おや、これは頼んでいませんが?」
リーンが何かを言う前に先に言葉を発したのはフレイヤだった。
彼女の視線の先には…相変わらず不機嫌そうな顔をした店主が立っていた。
「…サービスだ。俺は自分が言った事は間違いは無いとは思っているがな…だが、アンタみたいな客していい話じゃなかった。その詫びだ。」
「なるほど、そうですか…でしたらそれは私ではなく、この子に言ってもらえませんか?」
そう言ってフレイヤはリーンへと視線を運ぶ。
急に話がこちらへと向かってきたので、リーンは呆けた顔で「え」と言うだけだった。
「…悪かったな坊主。」
「いや…いい。」
フン。と鼻を鳴らし店主はテーブルに背を向けて歩いて行った。
詫び、というには態度は良い物では無かったがそれでも誠意は十分に伝わってきた。
相変わらず好きにはなれそうには無いが…やはり性根は悪い人間でない事は間違いないようだ。
「変わった料理ですね……ん、これはタコでしょうか?衣の中にタコが入ってて…うん、美味しいですね。」
リーンが一人でそんなことを考えている間にフレイヤは早々と料理に手を付けていた。
慌てる必要などなかったが、それを見てなんとなくリーンは慌てて自分も料理に手を付ける。
…それはあまり食べなれた味では無く…上品とはとても言い難い料理ではあったが確かに美味しかった。

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英雄。20

―カノン。カノン=アフェクティオ(Kanon=Afectio)はリーンが親友と呼べる唯一の存在だった。
彼の人生…とりわけ幼少期は暗い日々を過ごしていただろう。
カノンは孤児院出身、両親は共に行方不明…他の親族も一切解らない天涯孤独の少年だった。
更に、追い打ちをかける様に…昔ほどリーンの祖国は貴族至上主義では無くなったとはいえ、ある種の底辺とも呼べる家柄のカノンに対して周囲の人間が彼に向ける目はとても良い物とは言えなかった。
露骨に差別感情をむき出しにし、彼を侮蔑する者もいない訳ではなかった。
優しくしてくれる人間も勿論いただろう。だが、そんな人達ですらカノンに向ける視線は「憐み」というある意味での差別的な感情が常に付き纏っていた。
それに反して、リーンはこの国の皇の子。生まれながらにして何もかもが正反対の境遇の二人だったが…不思議と二人は馬が合った。
それはリーン自身、皇帝の子として幼少期は同年代の子供たちに嫌がらせや、皇の子にどう接していいのか解らない子供たちから遠ざけられていた時期があったからかもしれない。
学校の小等部にいた頃、気づけばリーンもカノンも一人ぼっちで過ごす事が多かった。だからなのかもしれないが、互いがひとりぼっちでいる事に気づいた二人は、気が付けば当たり前のように共に過ごす事が多くなった。

カノンは同年代の子達と比べて大人しく、賢い子だった。
本の虫と言ってもいい程に本を読むのが好きで、カノンはよく面白い本をリーンに貸してくれた。
流石にカノン程にはならなかったが、リーンが本を読むのが好きになったきっかけは間違いなく彼だろう。
そして、二人が話す事ももっぱら本に関する話題が多かった。
「…この間読んだ本なんだけどね、ある特殊な能力も持つ人間たちがお互いの能力を使って戦う話だったんだ。」
「うん。」
いつも通り、学校の休み時間を二人で過ごしていた時にカノンはそう口を開いた。
何の脈絡もなく、突然こうやって本の話をしてくるのはいつもの事だった。毎日毎日、違う本の話を出してくるのでリーンは内心「どれだけ本を読んでるんだ…」という気持ちではあったが。
カノンは色々な本を読んでいたが、特に好んでいたのは創作の物語の類だったと思う。話題に出すのはそういった物の話が多かったし、リーンに貸し与える本も大抵はそれだった。
実際の所、もっと難しい…大人ですら読むのを躊躇うような本を読んでいた姿をリーンは目にしたことがあったので、今にして思えば気を使って読みやすい本をリーンに貸し与えていたのかもしれないが。
「その中の一人にさ『時間を操る』って能力を持った人間がいたんだ。で、その能力を使って相手の時間を止めて、その間に自分は相手に攻撃するっていう事をメインに戦っていたんだよ。」
「時間を操る…かぁ…」
「うん。でもその人間は敵側だったからね。最後には主人公たちの機転で倒されたんだけど…なんだか勿体ないって思わない?」
「…?どういう事だ?」
言ってる意味が解らなかったので、リーンは思ったままにそう聞き返す。
そんなリーンの呆けた顔を見て、少しカノンは口元を綻ばせて話を進めた。
「ほら、『時間を操る能力』ってさ、こういう話では結構ありがちでしょ?なのにそういう能力持った人たちは大体は『時間を止める』事しかしないじゃない?」
「…うん、まぁ…確かに。」
確かに、リーン自身もそれには覚えがある。カノンがこれまで貸してくれた本にも、似たような力を持った人間が戦う話は数冊あった。
「僕は思うんだけどね『時間を操る』って事は、距離…まぁ言いかえれば空間とか速さも操れると思うんだよ。」
「ん…ん~~~んん?」
「簡単に言うと…そうだね。時間、距離、速さをそれぞれ求める計算って随分前に習ったじゃない?それに当てはめて考えれば…時間を好きな数値にできるなら距離と速さも自由に変えられるでしょ?」
「ん…ンん…」
「逆に言えば、別に『時間を操る』じゃなくても『空間を操る』とか『速さを操る』みたいな能力なら全部同じことができるじゃない?まぁ『空間を操る』とか『速さを操る』ってのはあんまり聞かないけどこの3つの能力は基本的には全く同じだと僕は思うんだよ。だから…」
「ストップ、ストップ。待て待て。」
段々と口調が早くなっていくカノンをリーンは手を上げて静止した。
こういう風に本の話になるとカノンがヒートアップしていくのはこれまでもよくある話だった。故に、またその悪癖が出た事を自覚したカノンはハっとして照れ臭そうに頭を掻いた。
言葉を止めた後にリーンはカノンが先ほどいった事を頭でよく考える。
(確か時間を求める公式は…『距離÷速さ』。速さを求めるには『距離÷時間』、距離を求めるには『速さ×時間』だったな…)
そのうちの時間を好きな数値を入れていいのであるならば…確かに結果的には距離も速さも好きな数値にできる。
若干、無理矢理な気はしたがなんとなくカノンが言いたい事は理解できた。
「まぁ、そうだな…確かに…」
「でしょ?その辺りも使っていけばもっと色々な事ができるのになぁって僕は思うんだよ。」
そういうカノンの横顔はなんだが納得いかないような様子だった。
普段は穏やかだが、本の事になると時折こういった表情をカノンは見せる。
なんだかそれが可笑しくてたまらなくなり…リーンはぷっと噴き出した。
「それにしても、カノンは本当に本が好きだなぁ。」
笑いながら、リーンはそうカノンにそう言った。
その瞬間に…ふいにカノンから表情が消えた。気のせいだったかもしれないが。
「…別に好きって訳では無いんだけどね。ただ何となく読んでないと落ち着かないというか…本があるなら読まないといけないような気がするんだ。」
「え?」
「本ってさ…こういう物語なんてのは特にそうだけど何冊も読んでると先の展開が読めるんだよ。登場人物がこういう生き方、考え方をしているならきっと結末はこうだろう。こういう事態が発生したのなら、次の展開はこうなるんだろうっていうのがね。」
「…まぁ…確かに。」
リーンもそれは解らなくも無かった。さっきの『時間を操る能力』の話もそうだ。
内容までは詳しく話さなかったが、カノンは最後は『主人公たちの機転で倒された』と言った。
リーンがこれまで読んできた本もそうだ。敵としてそんな能力の人間が現れたなら…強大な力の前に主人公達は苦戦はするが最後には必ずそうなっていた。
「まぁ、本っていうのも結局人間が書いた物だしな。やっぱりどうしても似通ってきちゃう所もあるんじゃないか?」
登場人物がいかに人外な能力を持っていようと、それを描くのはやっぱりただの人間だ。
同じ能力を持った人物が登場する異なる作家の本が二冊あったとして、もしその作家が二人とも同じ物から影響を受けているのならば、その結末もきっとどこか似通った物になることもあるだろう。
「それに、『王道』なんて言葉もあるだろ?ありきたりでもなんでも、やっぱりそういう展開を好む人も多い訳だから仕方ないんじゃないかな。」
「…うん。」
リーンの言葉に静かにカノンはそう言っただけだった。
それから、カノン立ち上がってリーンに背を向けて少しだけ歩き…また口を開いた。
「でも、これって何も本だけの話じゃないよ…人間だってそうだ。皆、先が読める…どこかで見たような『ありきたりな人生』を送ってる。世界に生きている人間はみんなそうやって生きてる…つまらないよね。」
「カノン…?」
カノンらしくない言葉に少し怪訝な表情を浮かべて、リーンはそう言った。
この時のカノンはリーンには別人のように思えた。その後ろ姿も、まるで何年も生き続けて全てを悟ったような賢者のそれのようにも思えた。
このままふらっと瞬く前に何処かに消えてしまうのではないか。そう感じたリーンは無意識に右手をその背に伸ばしていた。
「なんてね。」
振り返ってそう言ったカノンは満面の笑みを浮かべていた。
その姿に、リーンは脱力し、伸ばしていた手は地面に力無く落ちた。
「なんだよ…驚かすなよ。…それも何かの本に書いてあったのか?」
「まぁ、そんな所。カッコいい言葉だからちょっと言ってみたかったんだ。」
「ハハ。でも面白そうな本だな。今度それも読ませてくれよ。」
「うん。…気が向いたらね。」
二人はひとしきり笑った後に帰路へ着いた。
…結局、カノンはその本をリーンに貸してくれることは無かった。



「フ…」
幼少期の思い出がふいに蘇り、リーンは誰もいない図書館の一区画で小さく笑みを浮かべた。
そこで、ふと辺りを見渡すとすっかり日が落ちている事に気が付いた。
慣れない道に迷いながら辿りついた図書館だったが、ここに到着した時はまだ昼を少し過ぎたあたりだったはずだ。
『ここが自分のいた'世界'ではない』その事実を確かめる為に来た場所ではあったが…目的がなんであれ、リーン自身久々に趣味と言える読書をする事できたからなのだろう、時間を忘れてすっかり読みふけってしまったようだ。
(帰るか…)
ある意味失態と言える今のこの状況と、美しい黄昏を見過ごしてしまった事にリーンは小さく溜息をついて図書館を後にした。


カニングシティーは夜だというのに、そこかしこに人の姿が見えた。
リーンが歩いている大通りはそこら中に電灯が設置させられており、その明るさで今の時間を忘れてしまいそうだった。
ふいに、横の店から何人もの男性と思われる威勢のいい笑い声が聞こえてきた。どうやらそこは酒場らしい。
ヘネシスにも似たような施設はあったが、そのただ住まいと雰囲気はそれとはかなり乖離している…異常なほどに。
(…場所が少し離れているとは言え同じ世界…町の雰囲気はこうも変わる物なのか?)
リーンが元居た世界は、多少文化や発展に差はあれど他国との間でここまで大きな違いは存在していなかった。
国同士ですら多少の差だというのに、ヘネシスとカニングシティーに至っては町の違い程度の差だ。
『カニングシティーは他の町と比べ、不自然なぐらい文明が発展している場所です。もしかしたら貴方は少し驚くかもしれませんね』
ここに来る前にフレイヤが言っていた言葉をリーンは思い出した。
深く考えていなかったが、この世界の住人であるフレイヤですらも、このカニングシティーの有様には不自然だと確かに言っていた。
『次元の図書館が我々にもたらした知識によって、我々の世界の文明は飛躍的に発展しました。それによって生み出された強力な武器や魔術、兵法…それらのおかげで闇の魔術師を倒す事ができたのです。』
そして、もう一つ言っていた言葉を続けて思い出す。
そうだ、'次元の図書館'。フレイヤは確かそんなことを言っていた。
(町一つの文明をここまで発展させるほどの施設…いったいどんな所なんだ?)
図書館というぐらいならば本があるのだろう。しかしそれは一体どんな本なのか?一体どこにあるのか?
リーンの中でそんな疑問と好奇心が湧き出る。
今後の修行はきっと、今日みたいに余裕がある日もいくつか出てくるはずだ。そんな日に調べてみるのも悪くないかもしれない。
そんな事を考えていたら、気づいたらリーンは浮足が立っていた。無意識の内に足の動きも少し早くなる。
(…ん?)
早足で小さな路地を通り過ぎた時、リーンは何か妙な違和感を感じた。
気になって、体勢はそのまま後ろに下がり路地を見やるとその違和感の原因はすぐに解った…来た時と同じだ。
(あの人…まだあそこにいるのか…)
路地にはボロ布を纏った人間が座り込んでいた。姿勢、体勢も何一つ昼間に見かけた時と変わらぬままで。
もしかしたら死んでいるのではないだろうか?とリーンは微かな不安を覚えたが…どうしてかリーンはそこに近づくことができなかった。
宿屋の店主が言っていた脅し文句が後を引いているのかもしれない…だが、彼に言葉をかける為にこの明りの差さない路地に入り込めば本当にタダでは済まないと確信めいた物があったからだ。
リーンには、この暗闇に続く路地が獰猛な獣に巣に思えてしかたなかった。
(…行こう)
自分には関係ない。今はそんな事をしている場合じゃない。
自分にそう言い聞かせて、リーンは宿屋へと戻る足をさらに速めた。


「おかえりなさい。」
宿屋に入った瞬間、リーンにそんな言葉がかけられた。
声の主を見やると、椅子に腰かけたフレイヤが何か飲み物を持って笑っていた。
「…ああ。」
「随分遅かったですね。…何か'面白い本'でも見つかりましたか?」
その言葉を聞いて、リーンは少し驚いたような反応をした。
どうやらフレイヤは自分がどこへ行っていたのか把握しているようだ。
「僕が図書館に居た事、知っていたのか?」
「えぇ、店主さんに教えて頂きました…帰ってくるのが遅いので随分心配なさってましたよ?幾度か探しに行くことを勧められましたからね。遠回しに、ですが。」
「…あの店主が?」
態度の悪いあの店主が、そんな事するとはリーンには思えなかった…が、ふと思い返してみるとそう言い切れなかった。
悪態を付きながらも行きたい場所がどこにあるかは教えてくれたし…なにより「暗い路地に近づくな」と忠告したのは外ならぬ彼だったではないか。
「…勧められたというのに、お前は探そうと思わなかったんだな…」
「'お前'ではありません、フレイヤです。…まぁ、多少は心配はしましたがリーンなら大丈夫だと思いましたからね。護身用に素振り棒は持っていたようですし…なによりおかしな輩に絡まれても貴方ならやり合わずとも、逃げるぐらいは容易でしょう。」
確かにそれは一理あった。
あの人外の'力'は失われたとは言え、今のリーンはそれなりの体力と脚力はある。
無論、同じぐらい…あるいはそれ以上に鍛えている人間に襲われたらそうはいかないかもしれないが…大通りを歩く分にはいくらでも逃げ込める店や家が大量にあるこのカニングシティーではいくらでもどうにかできただろう。
「それにしても、思ったより早く体力に余裕が見えてきましたね。良い事です。」
笑ってそういうフレイヤだったが、リーンは一つ疑問を感じ反射的に言葉を一つ吐いていた。
「…何も言わないのか?」
「言う?何を?」
「いや…何も言わずに黙って出かけただろう。だから、あと、その…」
言ってる内に、リーン自身もわざわざこんな事を言う理由が自分では解らなくなってきたのだろう。
言葉は段々としどろもどろになり、声はか細くなってきていた。
「言われた事を放り出してどこかに出かけたならともかく、貴方はやるべきことをちゃんとやったでしょう?…その後はどう過ごそうが貴方の自由ですよ。」
「そうか……まぁ、そうだよな。うん。」
「えぇ。それに出かけた場所が図書館というのは感心です。"文武両道は男子の基本"。私の父はよくそう言っていましたからね。」
「お前は女だろうが…」
まぁ、半分男みたいな物だが。と、聞こえない程度に続けてリーンは呟いたつもりだったが…丸聞こえだったのだろう。
フレイヤは笑顔のまま軽くリーンの額を小突いてきた。
「あだっ…」
「お腹が空いたでしょう?色々な話はとりあえず置いといて…夕食にしましょう?」
そう言われて、リーンは確かに酷い空腹感に襲われている事に気が付いた。
それも当然だ。今の時間は普段、夕食を摂る時間よりも数時間ほど遅くなっている。
その刹那に大きな腹の音がリーンから鳴った。
気恥ずかしさから、やや赤面したリーンだったがごまかすように、何事もなさそうに「あぁ。」と小さく頷く。
そんなリーンを見て、フレイヤはいつものように笑って見せると店主を呼びつけた。

| 小話 | 14:44 | comments:3 | trackbacks:0 | TOP↑

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英雄。19

カニングシティーとはどんな町か。リーンは歩きながらそれをフレイヤに聞かされていた。
曰く、「他の町と比べ、不自然とも言えるほど文明が発達している地」なのだと言う。
その言葉の意味を、リーンはいまいち理解できていなかったがカニングシティーに足を踏み入れた時、その言葉の意味を理解した。
ヘネシスの旧道のような、鬱蒼とした森を抜けた先にあったのは…町全体が石でできており、そこいら中が炎では無い鮮やかな光に照らされ、鉄が道を走っている場所だったのだ。
「…。」
町の様相にリーンは言葉を失った。見る物全てがリーンが全く知らない…行ってしまえばリーンが空想に描いていた世界の未来の姿がそこにあったのだ。
唖然としているリーンを見て、フレイヤは少し笑って声を掛ける。
「カニングシティーは初めてですよね?驚いたでしょう?」
「あ、あぁ…」
放心したようにそう口にしたリーンの前を、鉄の塊が信じられないほどの速さで駆け抜けていった。
驚いたのも束の間。その塊はリーンの少し離れた場所に止まり…中から人が出た後に、また走り去っていった。
「あれは車です。まぁ…見ての通り人の移動に使う物だそうです。今はこのカニングシティーの中だけで運用されているようですが…うまく行けばビクトリアアイランド全体で運用する予定だそうですよ。」
「へ、へぇ…」
出来る限り冷静な態度でいる事を務めて、リーンはそう返した。
下手な事を聞くと先日の'先の大戦'の話のような反応されるかもしれないと思ったからだ。
…しかし、目前に広がる数々の未知を前にしては、それも限界があった。
1歩、また1歩と町を歩く度にリーンは目を丸くして見せるので、フレイヤはその都度それが何なのかを説明してくれた。
「…あれはテレビという物です。簡単に言えば遠くの映像を流す物ですね。」
「ほぁ…」
もはや、言葉になっていない返事をリーンは返す。
そんな、リーンを見て今日、何度目かになるかわからない苦笑をフレイヤは見せた。
「'先の大戦'時…'次元の図書館'という不可思議な世界と、この世界は一時的に繋がりました。そこは……まぁ、一言で言えば'ありとあらゆる世界'の英知が集う場所だったのです。
 次元の図書館が我々にもたらした知識によって、我々の世界の文明は飛躍的に発展しました。それによって生み出された強力な武器や魔術、兵法…それらのおかげで闇の魔術師を倒す事ができたのです。」
'次元の図書館'。
またしても聞いたことの無い言葉が出てきた。それに'ありとあらゆる世界の英知が集う場所'等と、さらっととんでもない説明まで付いてだ。
しかし、今のリーンはそんな事はどうでもいいと感じていた。
それほどまでに凄まじかったのだ。このカニングシティーという町の様相は。
「当時はとにかく闇の魔術師の討伐に念頭を置いてそこで得た知識を使ってきましたが…無事に討伐する事ができたので今度はその知識を我々の生活に還元しようとしているらしいです。」
「なるほど…」
「まぁ、私個人としては世界中がいずれこのような様相になってしまうと思うと…ちょっと息苦しいと感じてしまいますね。穏やかなヘネシスは今の姿のままあって欲しいですし…大自然と共に人々が生活するエリニアの形を変えてしまうのも…………」
どうやら、フレイヤ自身はこの町の事をそれほど良くは思ってはいないようだった。
尤も、とにかく自分の知らない物で埋め尽くされ、未だに唖然としているリーンの耳にはその言葉はあまり入っては来なかったのだが。
だが、世界全体がこの町の様相になるのは…リーン自身もあまり快く思えない気持ちは確かにあった。
文明は発達しているのだろう。解らない物は多いが、恐ろしく便利な場所なのだろう。
しかし…それ以上にこの町に対して抱く印章は'騒がしい'という気持ちが強かった。
利便性は高いはずなのに…住んでいると気疲れしてしまうのではないか、と思えてしまうほどに。
まぁ…穏やかで優しいヘネシスの町に長く居たリーンなのだから、それはある意味当然なのかもしれないが。
ただ…
(夕日が…綺麗だな。)
時刻はもう黄昏時。
西日に照らされ、影を落とす石の塔達。
影を落とした場所を照らす、異形の炎。
それらが描き出す、人の手によって作り出された幻想的な景色は…リーンがこれまで見てきたどの黄昏よりも切なく、美しいと感じさせた。


翌日。
リーンは、これまでと同じように食事を取り走り込みと素振りの修行を行った。
場所は変われど、やる事は変わらない。だが、いつも以上にリーンは肉体的、というより精神的な疲れを感じていた。
それは、いつもと違う石畳の上を走っているからというのが大きいのだろうが…何より道行く人が奇異の目でこちらを見てくるのがひしひしと伝わってきていたからだ。
場所が変われば住む人間も変わる。どうやら、このカニングシティーでこういった行動はこの場にそぐわない行動であるらしい。
自分に向けられる視線、時折聞こえる嘲笑。それらを全て見えない、聞こえないふりをして一心不乱に修行を続けたが、これから毎日この町の中で修行を続ける自信が早くもリーンの中からは消え失せていた。
「ふぅ…」
一通りの修行を終えリーンは大きく息を付き、近くに置いてあったタオルを手に取って汗を拭いた。
フレイヤはいない。走り込みを終えた時点で、「ギルド分所の方へ行ってきます。」と、一言告げて行ってしまった。
何気なく、空を見上げると太陽はまだ真上にあった。燦々と輝く太陽と同じ様に、この町の人間もまだ活動的な時間だ。
リーンは恨めしそうに声にならない声を上げる。
今が真昼間ではなく黄昏だったなら。あの美しい黄昏の時間なら、きっとリーンの心はもっと晴れやかな気持ちでいれただろうからだ。
「…。」
いつまでも太陽を睨みつけていても、時間の流れは速くなる訳が無い。
こうしてても仕方が無いと、リーンは小さく溜息を吐いて座り込んでいた石の階段から立ち上がり、宿屋への帰路を辿った。

宿屋に足を踏み入れた時、番台の男と目が合った。
異質な物を見るように睨め付けられたが、やがてリーンが宿泊客であることを思い出したのだろう、何も言う事無く視線を読んでいた新聞に戻した。
どうやら彼がこの宿屋を経営している人間であるらしいが…リーンはこの宿屋に到着した時から、この男を好きにはなれなかった。
ヘネシスのあの宿屋に泊まった後だからというのも勿論あるのだろう。寧ろ、必要以上に客に関わらない彼の姿勢は正しいのかもしれない。
それは頭では解っているのだが、あの可愛がってくれた女将の事を思い出すとリーンはどうしてもそう思ってしまっていた。
何も言う事は無く、リーンは自室に戻ろうとしたが…ふと、体の疲れはそれほど大きくない事に気が付いた。
時計を見ると、時刻はまだ昼にもなっていない。普段の事を考えればフレイヤが戻ってくるまでまだ大分時間がある。
そこでリーンは一つ、前々からやらなければならないと思っていた事を実行に移す決意をした。
「すまない。この辺りで図書館のような物はないだろうか?」
どう見ても年上の人間である店主に向かって、へりくだる事無くリーンはそう尋ねた。
店主は見るからにめんどくさそうな顔をして見せると鼻を鳴らし、言った。
「なんだぁ?運動をしていたかと思えば今度はお勉強か?性が出るねぇ小僧。」
おおよそ、客に対する態度とは思えない返事が返ってきた事にリーンは顔を歪めた。
反射的に文句を言おうとしたが、それより先に店主の言葉が続く。
「'こんな町'にそんなもんある訳……いや、そういや最近作られたか?ギルド分所の近くにそれっぽいのがあったような気がしない事もねぇな。」
「…ギルド分所はどこにある?」
「さぁね。それも最近出来たばっかだから詳しくは知らねぇよ。……あぁでも、確かここから東の方だったかもしれねぇな。」
「…感謝する。」
大雑把な方角した教えてもらえなかったが、リーンは短く礼の言葉を返した。
尤も、リーンの心情は感謝の気持ちよりも早く会話を切り上げたいという気持ちの方が強かったのだが。
善は急げと言わんばかりに、そそくさと宿屋の出口に向かおうとした時、後ろからまた声が掛けられた。
「…小僧、路地裏や薄暗い場所には近づくな。ま、命が惜しいならの話だがよ。」
「…。」
リーンは何も言わず、振り返る事もなく頷き、宿を後にした。

(命が惜しいなら、か。)
宿屋から出て歩きながら、リーンは先ほど店主に言われた言葉を思い返す。
命は別に惜しくない。…ただ、捨てるタイミングは少なくとも今では無い。
「…。」
リーンは腰に提げてある棒切れに視線を落とした。
あんな話を聞いてしまった以上こんな物でも持っていないよりはマシだろうと、置いてくることなくそのまま持ってきていたのだ。
(…そういえば、今やってるのって剣の修行の筈…だよな。)
だが、自分がここ最近やっている事と言えば…ひたすら走って、ひたすら素振り。それの繰り返しだ。
真剣を最後に握ったのはいつだっただろうか?
本当に、これで自分は強くなれるのだろうか?
様々な想いが自分の中で反響する。だが、確かに言えることは一つある。
(体力は間違いなくついている…な。)
今日は特にそれを実感していた。
いつもの走り込み、素振り。それを終えて尚且つまだ時刻は昼前だったからだ。
前々から徐々に終わる時間が早くなっているのは感じていたが、昼を跨ぐことなく一日の修行を終えたのは今日が初めてだった。
今だって足取りも軽い、腕だって自由に動かせる。
疲労感、という物をリーンは段々と覚えなくなってきていた。
(ん…?)
考え事をしながら小さな路地を通り過ぎた時、リーンは何か妙な違和感を感じた。
気になって、体勢はそのまま後ろに下がり路地を見やるとその違和感の原因はすぐに解った。
同時に、店主が『路地裏や薄暗い場所に近づくなと』と忠告した理由もだ。
(なるほどな…)
路地にはボロ布を纏った人間が座り込んでいた。
頬は痩せこけて、視線は空へと向かっている。尤も、本当にその空を見ているのかは解らないが。
いわゆるスラム、なのだろう。繁栄した町の中にこういったものの存在は常に付き物と聞く。
この路地の先に進めば確かに無事では済まない気がする。見えるのはただ一人の人間が座り込んでいるだけの景色だが、そのずっと奥に佇む暗闇はそれを想像させるには十分すぎる物があった。
じろじろと見続けて何か因縁を付けられては堪らないと、リーンはすぐに路地から視線を外して歩き始めた。
「…。」
ヘネシスのような長閑な町にずっといたからだろうか。
こういう光景を目にしてしまった事が、リーンはどうしてかショックだった。


図書館に到着して、リーンは早速書物を読み漁り始めた。
読む本は…もっぱら歴史書の類だ。
(やはり…か…)
リーンが座っている椅子の前のテーブルには既に数十冊の本が積み重ねられていた。
全部を読み切った訳では無い。ただここの歴史を大雑把に知りたかったからだ。
そして読んでいく内に…ある一つの事実をリーンは理解した。
(ここは…僕の住んでいた'世界'じゃない。という訳か…)
ここに来る前から半ばリーンはそれを理解していた。
ヘネシス、カニングシティー。聞いたことの無い町。
フレイヤが使っていたあの'魔法'のような物。
メル。自分が聞いたことも無ければ、見たことも無い通貨。
そして、このカニングシティーの発達した文明。
誰かに聞かなくとも、調べなくとも、ここがいわゆる'異世界'だという事は想定していた話だ。
だから、リーンは驚かなかった。
信じられない、という気持ちも無かった。なにせ、自分こそが少し前までその'信じれない'力を身に宿していたのだから。
自分がこの世界に来たのも、間違いなく自分の'力'によるものなのだろう。
リーンは自分が身に宿していた'力'の本質がどういった物なのか、どういった事が可能なのか全てを理解している訳では無かった。
ただ、自分が理解している範囲だと「途轍もない速さで動ける」「時間を逆行できる」「不死」この3つだけだ。
(でも、「速さ」と「時間」と「空間」は違うようで似通った性質の物だ。どれか一つでも操作ができるなら、次元の壁を越えて異世界に来たというのも不思議では無い、な。)
そう簡単に結論付けて、リーンは読んでいた分厚い書物を閉じてテーブルに置いた。
(…そういえば…誰が言っていたんだっけ?この話は)
ふと、疑問に思いリーンは記憶の糸を辿る。だが、その答えは1秒もかからない内に出た。
そうだ、こんな事を言う奴なんて自分の知ってる人間の中には一人しかいない。
リーンの脳裏に浮かぶのは…今となっては遠い祖国の、親友の姿だった。

| 小話 | 18:28 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

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英雄。18

その日は、雨が降っていた。
思えば、久方ぶりの雨だ。最後に降ったのはいつだったかは流石に覚えていないが、少なくともリーンが修行を始めてから雨が降ったのは今日が始めてだった。
雨が降っていても修行には関係無い。そう思ってリーンはいつも通り、走り込みと素振りを始めようとしたが、外へ出ようとするリーンをフレイヤは止めた。
故に、今日は言ってみればリーンにとって久方ぶりの休日だった。
休日とはいえ外が雨である以上、やれる事は特にない。何をするわけでもなくフレイヤとリーンは同じ部屋でぼんやりと過ごしていた。
「…そろそろ、このヘネシスから移動しましょうか。」
窓の外で降りしきる雨を見ながら、フレイヤは何気なくそう言った。
「え…どうしてだ?」
突然の言葉にリーンはそう聞き返す。
この地を離れる理由が解らなかったし…そして何より、この地を離れたくないという気持ちがリーンには少しばかりあったからだ。
気候もよく、住民は穏やかで優しい。修行をするには、ここ以上に適した地は無いとリーンは思っていた。
「近頃、物騒ですからね。ここの近くで死体が見つかりましたし…'警察'もそこかしこに居てあまり居心地もよくありませんしね。」
'警察'とはエレヴ警護偵察隊を略した言葉である…らしい。
詳しい事まではリーンは知らないが、こういった事件の捜査は基本的にこの'警察'が先導して行うらしい。
フレイヤの言葉にリーンはフン、と軽く鼻で笑い言う。
「なんだ?やっぱり盗人だから警察は苦手か?」
「ハハハ。まぁ、それもあるかもしれませんね。」
悪びれる事無くそう答えるフレイヤに、リーンは悪戯心が沸いてニヤニヤと笑いながら続けて言う。
「警察にお前が僕の剣を盗んだと話せば、もしかしたらお前を捕まえてくれるかもしれないな?」
「……さぁ、どうでしょうかね?剣が盗まれた。しかし、剣を盗んだ張本人は自分のすぐ目の前にいる。そんな状況でそんな言葉を信じる人が果たしているでしょうか?」
「…」
確かに、フレイヤの言う通りだ。全くもって不服だが。
盗んだ人間の行方が解らないならともかく、盗んだ人間がすぐ近くにいるのだ。
おまけに…リーンはまだ子供である。『フレイヤに剣を盗まれた』と申告したところで、『危険な刃物を子供から大人が遠ざけた』程度にしか見てもらえないであろう。
尤も、リーン自身もそれは解ってはいたし、何より剣は自分の力で取り返すという意志があったので、そんな事を言うつもりは毛頭無かったのだが。
不貞腐れたように、再びリーンは鼻を鳴らし、視線をフレイヤの背中から離す。
…そこでふと、数日前にフレイヤに聞いた質問を思い出し…何気なく再び同じ質問をした。
「…あの死体が見つかった場所が、僕達が決闘した場所と同じだったのは…やっぱり偶然なんだよな?」
「えぇ、偶然です。私自身が何より驚いているぐらいですから。」
数日前、新聞に'死体が見つかった'という記事が載った日。
フレイヤが宿屋に戻ってきて開口一番にリーンはその事をフレイヤに告げた。
それを聞いてフレイヤは僅かに沈黙し…『そうですか。』と答えただけだった。
フレイヤ曰く、あの場所を知っていたのはギルドの依頼でよくこの旧道の魔物を討伐しているから、その時に偶然あの場所を発見したという事だった。
嘘を吐いているようにはリーンには見えなかった。…尤も、フレイヤは時折何を考えているのかよく解らない時がある。
そんなフレイヤが嘘を吐いていたとして、リーンにはそれを見破れる自信は無かったのだが…
「それに…この辺りの魔物はある程度落ち着いてきたようです。依頼の数は目に見えて減っています。これ以上この場所にいてはお金が足りなくなってしまうでしょうしね。」
「そうか…」
死体が見つかった。警察がそこかしこにいて居心地がよくない。金になるような依頼も少ない。
この地を離れるには十分すぎる理由だ。
そして何より…金が足りない一番の理由はリーンの高価な武器を買い与えたからだろう。
ここで使われている通貨の'メル'についてはリーンは実際の所、詳しくは解っていない。
ただ、この宿の1泊、更に2食付きの値段は5000メル。フレイヤがリーンに武器を買い与えた日、武器屋の店主に差し出していたあの白銀貨が1枚あればこの宿屋には1年近く泊まることができる…らしい。
そんな白銀貨を3枚、あの日の内にフレイヤは使っていたのだ。他ならぬリーンの為に。
自分の大切な剣を奪っていったフレイヤに対して、こう思うのもリーンにとっては複雑だったが…少しばかり後ろめたい気持ちがあるのが事実だった。
だからリーンはそれ以上何も言わず、素直に返事を返した。
「なら…準備をしておく。」
「えぇ、お願いします。明日は晴れるみたいですからね…明日、朝食を食べた後にこの地を離れます。」
「解った。」
そう返事を返して、二人の間にはまた静寂が訪れる。
フレイヤは…ずっと窓の外を見ていた。一度もこちらを振り返る事も無く。
(…あぁ、'また'だ。)
降りしきる雨を見ながら、彼女は何を考えているのだろうか。
表情すら窺えない。だから、リーンには想像すらできない。
…ただ。
ただ、その後ろ姿は。リーンには何処か哀しげな物に見えた。


翌日、目を覚ましたリーンはいつもと同じ様に部屋を出て、階段を降り、食堂へと向かった。
フレイヤはやはり先に居た。寝ぼけ眼を擦りながら卓へと近づくリーンを笑顔で迎え、「おはようございます」と挨拶をして見せた。
「あぁ……おはよう。」
フレイヤの笑顔はいつもと同じ物だった。屈託が無く、悪意を一切感じさせない、穏やかな笑顔だ。
先日のどことなく悲しげな様子はもう感じられない、そのことに「よかった」とリーンは安堵した。そしてその瞬間、ハッと我に返り舌打ちをした。
一転して不機嫌そうな顔をしたリーンの真意までは、フレイヤには解らなかったが…
リーンが不機嫌な顔をしているのは、フレイヤにとってのいつもと同じ事だった。
顔を横へ向け、露骨に視線を合わせようとしないリーンに苦笑しながらも、フレイヤは卓のベルを鳴らした。

「もういっちゃうのね…寂しくなるわ…」
名残惜しそうにリーンにそう言ったのは女将だった。
'もう'と呼ぶにしては既に1月以上はこの宿屋で世話になっている、旅人の滞在期間としてはむしろ長すぎるくらいだ。
出会いもあれば、別れもある。宿屋を営んでいる人間であるならば、それは尚の事だ。
だというのにここまで寂しそうな顔をして、別れを惜しまれるとリーンはなんだか申し訳ないような気持ちになった。
「今まで…本当に世話になった。有難う、女将さん。」
「…えぇ、元気でねリーンちゃん。またヘネシスに来ることがあるなら必ず顔を見せてね。」
そう言って、女将はリーンの頭を優しく撫でまわした。
公衆の面前で気恥ずかしい物をリーンは感じたが、抵抗はしなかった。
それはやはりリーンとて、別れを寂しいと感じる所があったからだろう。
しかしこのままでは寂しさは大きくなる一方だ、そう感じたリーンはやがて顔を上げ。
「あぁ。約束する。」
屈託のない笑顔で、女将にそう言った。


「おや、もういいのですか?」
宿屋から出て、扉のすぐ隣でフレイヤは立っていた。
リーンが女将から可愛がられている事は、フレイヤも知っている事だった。だからこうして、水を差さないよう先に外へ出ていた。
リーンは「あぁ。」と小さく答えた。
その表情はいつもと同じくどこか不機嫌そうで、固い顔だった。
「…なんだ?」
何も言わずに、じっと自分の顔を見つめるフレイヤに疑問を思ったのか、リーンはそう問う。
「いえ…貴方も素直に礼を言ったり、笑ったりできるのだな、と思いましてね。…私にもそういう態度を向けてくれてもいいのですよ?」
「…盗人に礼の言葉などある訳無いだろう。馬鹿な事を言っていないでさっさと行くぞ。」
「これは手厳しい。」
そう言ってフレイヤは大げさに両手を顔の横に上げて、首を振って見せた。
そして、それ以上は何も言わずに歩き始める。リーンもその後ろに続いた。
(…笑顔か。)
思えば、あんなに屈託の無い笑顔を見せたのはいつ振りだろうか?
…自分に笑顔を見せるような資格など、無いというのに。
そうだ、自分はそもそもこうやってのうのうと生きている資格など…
(いや…)
そこまで考えて、リーンは首を振るい思考を彼方へ吹き飛ばした。
今はこんな事を考えるのはやめよう。今するべき事はそんな事じゃない。
(…それに、事が済んだら散らす命だ。だから今はどうあってもいいじゃないか。)
そう自分に言い聞かせ、リーンは少し早足でフレイヤの後に続いた。


夜になった。
フレイヤが次の目的地としている町の名前はカニングシティーという名前であり、ヘネシスから歩いていけば丸1日はかかるという事だった。
故に、途中で野宿を挟む事は覚悟していたし、その事に対してリーンに不満はなかった。
「…ん。」
リーンはいつの間にか眠っていたらしい。眼を擦って体を起こすと、覚えのない外套がリーンに被せられていた。恐らく、フレイヤが被せたのだろう。
パチり、パチりと木々の弾ける音が焚火から聞こえる。それを前にして、フレイヤは座り込んでいた…目もしっかり開いている。
「フレイヤ?」
そう声を掛けると一瞬、驚いたような表情を見せてフレイヤはリーンの方へと顔を向けた。
「…あぁ、ごめんなさい。起こしてしまいましたか?」
「いや…」
別に起こされた訳ではない。リーンが自分で勝手に目を覚ましただけだ。
…それ以前に、リーンはここ数ヶ月間まともに熟睡できた試しは無かった。
リーンは、眠りに落ちる度に夢を見る。その度合いは日によって違うが、リーンが毎夜見ているのは…間違いなく悪夢だった。
酷い時は叫び声と共に目を覚ます時がある。今日はそのような事は無かったし、先ほどまで見ていた夢の中身をリーンはもう忘れてしまっていたが、'悪夢を見ていた'という事だけは間違いがない。背中に流れる冷や汗がその証拠だろう。
そう考えると、リーンは再び眠りに付くのがなんだか怖くなった。ましてや、間違って悲鳴を上げてしまうような事があればフレイヤに何を思われるのかも解らない。
「…フレイヤは寝ないのか?」
「…ここは比較的に安全な場所とは言われていますが…'守護陣'がある訳ではないですからね。見張り役は必要でしょう。」
「…。」
確かにそうだ。何一つ気にしていなかったが、ここは安全地帯では無い。
この場所について、火を起こして夕食を摂ってる最中にもフレイヤはそんな事を一切口に出さなかった。
リーンに一切の負担をかけず、最初から自分が見張りをやるつもりだったのだろう。
きっと、リーンが朝に目を覚ましていれば、フレイヤはあたかもリーンより少し早く起きたような態度で接してきたに違いない。
それに気づいて、様々な。そして複雑な心情を全て吐き出すように、リーンは深く溜息を吐いた。
「…寝ろ。見張りは交代する。」
「お気になさらずともいいですよ?私はこういう事には慣れていますから…」
「町までまだ距離があるんだろう?寝不足状態で何か間違いがあってケガでもされたら困るんだ。…お前は、僕の剣の師なんだろう。」
リーンが見張りを交代すると申し出たのは、眠る事で悪夢に苛まれたくないから…と、いうのも勿論ある。
だが、それ以上あったのは………尤も、リーンはそれを認めようとはしないであろうが。
そんなぶっきらぼうなリーンの態度に、フレイヤは優しく微笑んだ。
「…そうですね。ではお言葉に甘えて休ませてもらいましょうか。…有難う、リーン。」
「フン…」
そう言って、フレイヤは横になった。
平気そうな顔をしていたが、やはり疲れていたのだろう。寝息は、ほどなくして聞こえてきた。


見張り役、とはいえ何かが起こるような気配は一切なかった。
魔物の声は聞こえず、聞こえてくるのは優しい虫の音色と…焚火の中の木々が弾ける音だけだ。
少し肌寒い。よくよく見ると、火が小さくなったような気がする。
リーンは近くにあった木の枝を何本か掴み、それを小さく折り焚火の中へと放り投げた。
ざっ、と火の粉が舞い上がり、火は少し大きくなって…声が聞こえた。
「……ッ――」
何事か、とリーンは身構えて辺りを見渡す。
しかし、その声の発信源が横になっているフレイヤだと気づくと、ほっと胸を撫でおろした。
「めん…なさい…」
「?」
寝言、なのだろう。
言葉が切れ切れになっており、何を言っているのかリーンにはよく解らなかった。
「る…さない…」
やはり、聞こえない。
何と無しに気になって、リーンは少し体をフレイヤの方へと傾けた。
だが、そもそもしっかりと発音できていない寝言に聞き耳を立てた所で何を言っているか解る筈もない。
しばらく、聞き取れない言葉をごにょごにょと口にしていたフレイヤだったが…たった一つだけ、聞き取れた言葉があった。
「ヨシュア…カルセム…」
それは人の名なのだろうか。
ヨシュア…きっと男の名なのだろう。
一体誰なのだろうかと、解る筈の無い疑問をリーンは考えようとした…その刹那に。
パチり、と少し大きな音は出して焚火が弾けた。
その音にリーンは少し驚き…すぐに静寂がリーンを包んだ。
それがあまりにも静かな物だから。
フレイヤは、最初から何も言っていなかったのでは無いのだろうかと、リーンは錯覚した。

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